
「鍋の素 おすすめ」で検索しなくてよくなる2冊。それはAIとかじゃなく。【連載・炭田のレシピ本研究室/第12回】
年間100冊以上のレシピ本を読むフードライターの炭田が、いま推したいレシピ本2冊を紹介する連載。今回のテーマは、季節真っ盛りの「鍋」。鍋=素を買うもの、と思っている方に手に取ってほしい2冊を紹介します。
名もなき料理、作る?
料理をする人はみんな、なんだかんだ『名もなき料理』を作っているのが日常ですよね。
さる家電メーカーの方とお話していたら、こんなことを仰っていた。同席している方は全員ウンウンと頷いていて「余った野菜と小間切れ肉をあわせた『謎野菜炒め』は定番ですよね!」と盛り上がっている。私もその場ではウンウン言いながら、心の中ではこっそり「……同意しかねる」と思っていた。
レシピ本マニア(私)は、基本的にレシピがある料理ばかり作っている。作られ待ちの料理が常時30品は控えているので、世に言う『名もなき料理』を作る隙がない。野菜が微妙に余った場合は、その野菜を使うレシピをピックアップして、足りない材料を買ってきて作っている。レシピ無しに作る料理は、卵焼きと胡麻和えくらいだろうか。
そう考えたところで、ひとつ例外に思い至った。「鍋」料理だ。常夜鍋はよく作るが、水に昆布と酒を入れるだけで特にレシピはない。あとは3年に1回ほど「鍋の素」を買うくらい。もしかして、もしかすると、鍋もレシピに沿って作ったらスッゴクおいしいのでは? そんなわけで、今回は「鍋」に挑戦。特に気に入った2冊を紹介する。
鍋の素を自作するという提案
まず紹介するのは、藤井恵さんの『藤井ちゃんこ』。ちゃんこと聞くと、お相撲さんが食べている具沢山で豪快な鍋のイメージがあるが、この本では藤井家でよく食べられる「キャベツたっぷりの博多もつ鍋風の鍋」のことを指す。その「ちゃんこ」の味付けを塩からしょうゆに変えたり、キャベツをもやしに変えたりしたアレンジレシピが紹介されている1冊だ。
この本の魅力は、味つけを塩、しょうゆ、甘じょうゆ、みそ、辛みその5種類に絞った“潔さ”だと思う。「味付けは5パターンもあれば一生飽きない、日々の鍋はこのくらいがちょうどいい」という提案のもと、5つの味わいの「鍋の素」からレシピが展開されている。

これがめちゃラクー! 作りたいレシピが渋滞しているマニアとはいえ、やはり忙しい日は料理に割ける時間が短くなる。そんな時も鍋の素さえあれば、肉や野菜を2~3種類煮込むだけで「自分で作った料理」にありつける。この有難さよ。こういうのがほしかったのよねぇ、と思いながらモリモリ野菜を食べている。なんてすこやか。しかも鍋の素はお試し1回分と、作りおき5回分のレシピが紹介されているのが心憎い。「素」を作ってアレンジするレシピは、その「素」が好みに合わないと楽しいはずの食事が途端に消化試合となるが、それがないんだもの。こんなところも「わかってるねぇ」と本を読みながらニコニコしてしまう。
我が家のお気に入りは、塩鍋の素と「豚肩ロース薄切り肉×長ねぎ」の組み合わせ。薄く切った長ねぎはサッと火を通してシャキシャキのまま食べてもいいし、お酒片手にクタクタに煮えるまでじーっと待つのも乙だし、お肉でくるっと巻いてもおいしい。長ねぎ2本と分量には書いてあるが、毎回4本はいく。レシピの分量にシビアにならなくてよいのも「汁で煮込む」鍋の魅力だ。
高級スーパーの味をひとりじめする贅沢
お気に入りのレシピ本が見つかり、家族と囲む鍋がとても捗るようになった。が、根っからの食いしん坊であるからして「もっといろんな鍋も食べてみたい」という想いが増していく。具体的には、カルディや成城石井で売ってそうな鍋の味を楽しみたい。酸味がとんがったレモン鍋とか、生姜やクミンや八角など異国の香りがする鍋とか、そういうやつだ。
しかしながらこれらの味付けは、家族の好みとは反する。豆乳鍋ですら「なんか白い……」と眉をひそめるのが奴らだ。いいから黙って食べなはれ、といなす日もあるが、いまは家族のリアクションなぞ気にせず自由に食べたい気分。そんな私に、小田真規子さんの『まいにち小鍋』がジャストヒットしたので紹介する。
この本は1~2人前の小鍋レシピ集なので、自分が興味をそそられる味を好きなように作ってソロで楽しめるのがいい。「豆腐とひき肉のサンラータン鍋」とか「オイルサーヂィンのレモン鍋」とか「ゆずこしょう風味の簡単タラチリ」とか、小田真規子さんらしい“手間はそんなに掛からないのに、気の利いた味付け”がたくさん紹介されていて、これはもう実質カルディ。買い物カゴ片手に店内をうろうろして「どれにしようかな〜?」とウキウキ悩むあれが、本を前に再現される。

私が特にカルディ度が高いと感じたのは「ウーロン茶の極上しゃぶしゃぶ」。鍋にペットボトルのウーロン茶をだばだば注ぎ、塩と生姜を加えたスープで肉と野菜をしゃぶしゃぶする一品だ。煮立てている間に漂うお茶の香ばしさも堪らないが、特筆すべきはピリッと辛い付け合わせの「たれ」レシピ。粗みじんにした桜エビがたれに奥行と食感を生み、ウーロン茶のさっぱりした鍋、以上のおいしさが感じられる。他のレシピもワクワクするものばかりなので、きっと自分の好みに合う鍋があるはずだ。
そして、名もなき料理になってゆく
鍋は、とても自由度の高い食べものだ。煮込んで作るのと「たれ」をかけて食べるので、いかようにも味の調整ができる。具材を冷蔵庫の残り物に合わせてアレンジしても大概外さない。……もしやこれが、名もなき料理への扉? 自分だけの一品が出来上がると思えば、案外悪くないかもしれない。来年の私は、一体全体どんな鍋を作って食べているのか。なんだか楽しみになってきた。
文/炭田 友望
【連載1周年記念の「お祭り」やります!】
『炭田のレシピ本研究室』が、おかげさまで連載1周年を迎えました。嬉しくておめでたいので、11/29(土曜日、いい肉の日)に東京・神田で個人的に「味祭り」というイベントを催すことにしました。食いしん坊さんならどなたでもウェルカム! お一人でのご参加も、もちろん大歓迎です。ぜひお気軽にワイワイおしゃべりしにいらしてください。
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