
ライブでしか感じられない「OddRe:」の歌声は体に響く
なんという声の重厚さだろう。例えて言うと、歌声が喉からテープの形で出てくるとして、僕の声は紙テープがぬるぬると出てくる感じだ。弱々しくて、ひっぱるとパツッと切れてしまう。しかし彼女の声は、薄い鉄板が表面をテカらせながらピンと張って出てくる感じだ。ハサミでは切れない。しなやかに曲がりはするが透けることはないし、どんな音程になっても一定の幅と強さを持っている。
先日、音楽配信サービスのSpotifyが主催する「Spotify Early Noise Night #18」に行った。ことし活躍が期待される若手アーティストが複数出演するライブだ。全部で5組が出演する。
4組目は知らないバンドだった。OddRe:(オドレ)という3人組のバンドだそうだ。ぱらぱらとメンバーがステージにあらわれると、雑談していた観客が話をやめて、ステージに注目した。その静けさから「きたぞ、ステージに注目する時間だ」という、観客の間で通じ合っているような空気を感じた。「ん? この空気はなんだ?」と思った。曲が始まりボーカルのAirAさんが歌い出したとき、「え? え? なにこれ?」と思った。とにかく大きくて、“太い”声。どんなに音程が上がっても、しぶとさが全く落ちない。「声帯が分厚い!」と思った。スピーカーは、抱えきれなくなったエネルギーを“放出”しているという感じだ。太くて芯のある声が、力強く頭蓋骨を貫いて脳の中心にぐいぐいと入ってくる。それなのに、不快ではない。耳だけではなく、からだ全体で受ける歌声だ。
うしろの方で見ていた僕は、彼らをもう少し近くで見たくなった。人の間をぬって10mほど前に出てみた。AirAさんはMA-1のようなブルゾンを着ていて、ボーイッシュなファッションがよく似合う。英語の歌詞もネイティブのように歌いこなす。音楽業界で10年くらい経験があるような貫禄を感じた。ベース&ボーカルのユウキサダさんは少し異質なキャラクターをしている。高い声で合いの手のように添えられるコーラスも、ルックスも、かわいい宇宙人のようだ。唯一の男性は、ギターを弾いているSOI ANFIVERさん。観客をあおり、会場全体を一体化させていく。後ほど分かったことだが、彼が楽曲を制作しているそうだ。3人はまるで学生が学校帰りにスタジオで音あそびでもしているかのように、ステージ上を自由に飛び跳ね、楽しそうに演奏している。自分たちがどれだけ規格外の音を出しているのか、気づいているのだろうか? 感じたことのない音楽を前にして、僕は脳みその中が忙しかった。
やたらとこの瞬間がドラマチックに思えた。僕がもし音楽事務所でスカウトを担当していたら、この景色、一生忘れられない瞬間になっていたかもしれない。将来、スタジアム級の大きな会場でライブをやる、スターの創世記に出会えたのだと思った。なぜ、僕はこのタイミングで彼らに出会わせてもらえたんだろう? どんなにAIが精巧に音楽を作ったとしても、この体験を作ることはできないだろうと思った。
彼らを近くで確認したあと、僕はそろそろと後ろの壁に戻った。じっと彼らを見つめながら、鳥肌がぞわぞわと足元から首に向かって立ち上がってくるのを感じた。思えば、何かを見て鳥肌が立つのは、すごく久しぶりだ。肌の中の鳥肌担当の要員がいたら、久しぶりすぎてちょっと戸惑っていることだろう。僕は42歳になり、日常に驚きが減っていた。まだこんな出会いがあることが嬉しかった。日本の音楽は、これから凄いことになるかもしれない。そう思った。
3人がステージを去ったあと、すぐにスマホで「oddre」と検索し、ワンマンライブの予定を見つけた。今すぐ申し込まずにはいられなかった。申し込みをしながら「ライブ直後にイープラスを開くなんて、いつぶりだろう…」と思った。誰かを誘おうか? と一瞬思ったが、今はスピードが先決だ。手間取って申し込み期限を過ぎたら、悔やみきれない。
ライブが終わったあと、彼らについて誰かと話したくてしょうがなかった。階段を降りていくと、イベントのパネルを前に記念撮影している一行がいた。僕は興奮状態で自分が人見知りということも忘れ、撮りましょうか? と声をかけた。数回シャッターを切ったあと、話しかけた。聞くと、その方々は以前からOddRe:のファンらしい。ファンクラブに入ってもワンマンライブのチケットを取るのが難しくなってきているという。やばい、僕も抽選に落ちるかもしれない。僕が貫禄を感じたAirAさんは、なんと、10代だそうだ。信じられない…。同じ人間か。
会場から駅まで渋谷の細い歩道を歩いていると、友人・家族の顔が思い浮かんだ。全員にOddRe:のことを触れ回りたい気持ちだった。音楽好きな3人の友達がいるLINEに「すごいバンドを見つけた」と送った。「バンド名を教えてください!」と返ってきたが、すぐには返信しなかった。友達に先に彼らのMVを見られたくなかったからだ。電車に乗って、先ほどのライブで最も衝撃を受けた「Revival」という曲のMVを見た。安心した。MVでは正直、ライブの迫力はあまり伝わらない。MVが悪いからではない。生で感じる彼らの音圧は、生以外の媒体には載せられないのだと思う。体に感じる音圧は直に触れてこそだ。おそらく今の時点では、僕は友達よりもアドバンテージがある。安堵の気持ちとともに、僕はLINEにYouTubeのリンクを送った。
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あれから約3ヵ月が過ぎ、僕はOddRe:の7月のワンマンライブ、東名阪の3公演に全部で20口応募した。しかし、1つも当たらなかった。僕のこれまでの経験では、どんなに人気があるバンドでも大阪や名古屋公演を狙って3口以上応募すれば、1つはチケットが取れる。それが全て、落ちた。あの日、ライブ直後に騒然としていた会場を見た僕は、納得できる。彼らのライブを、もうひと目見たい。誰でもそう思うのだ。
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