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アルゴリズムでは生まれないご縁。学生の未来のために、一冊でも多く本をねじこむ。【新連載・本のある場所 京都大学生活協同組合 ブックセンタールネ/第1回】

新連載「本のある場所」がスタートします。
これまでの人生の中で、私たちはさまざまな場所で本と出会ってきました。書店はもちろんのこと、図書館、カフェやバー、旅先のホテル……。
初回の取材先を決める時に考えたのは、「人生で一番多く通った『本のある場所』はどこだろう」ということ。ぱっと思いついたのは、学校の図書館と、大学の生協でした。学生時代に出会った本たちが、今の私たちの身体と心をつくってくれているとも言えるかもしれません。

全国に数ある大学生協の中で、今回お邪魔したのは京都大学の生協「ルネ」。私は出版社でマーケティング担当をしていたのですが、「京大生協の書店はラインナップが独特だ。ブックフェアも凝っていて面白い」とよく聞いていたからです。そんなふうに話題になる生協っていったいどんな場所だろう。想像がふくらみます。取材を申し込んだところ、20年以上にわたり京大生協で働く山下貴史さん(文芸・美術書担当)と石橋昌代さん(文庫新書・雑誌・実用書担当)にお話を聞けることになりました。私はまず話題のフェアの作り方を聞こうと考えていたのですが……。事態は思わぬ方向に進みます。

(聞き手/荒木 千衣

フェアは「セール」でも「ネタ」でもない

──京大生協さんは、フェアが面白いと評判だったのでずっと伺いたかったんです。「普通、3月14日に向けてやるのはホワイトデーフェアだけど、京大生協では円周率にちなんだフェアをしているんですよ!」と聞いたときは思わず笑ってしまいました。うわっ! 京大っぽいと思いまして。

山下:ああ、円周率(笑)。いや、それはたしかに面白いかもしれませんが、ちょっと本質的な話じゃないですね。

──えっ。本質的ではない。

山下:そうですね。フェアのことを聞きたいとおっしゃっていたので、何を話そうか考えていたのですが……。取っ掛かりとして面白く感じてくださったのは嬉しいです。ただ、私たちが考える「フェア」は「セール」でも「ネタ」でもなく「タネ」、つまり「テーマ」を意識したもの、と言った方がいいかもしれませんね。

──フェアは「テーマ」

山下:私は、「フェア」はテーマ、「セール」はネタと捉えています。大学生協のフェアは、一般的に出版社が提供する定番、売れ筋の本を割引価格で売る、つまり「セール」がほとんどです。
「セール」それ自体を否定するわけではありません。ですが、私たちは大学生協で本を売る立場として、単に出版社と書店が売りたい本や、売れるだろうという安牌本を並べるのではなく、「学生さんに読んでもらいたい本」を意識して本をセレクトしたいと思っています。私の中ではそれが「フェア」です。

山下貴史さん。取材中、山下さんと本の話がしたくて待っている学生さんもいた

──学生さんに読んでもらいたい本、ですか。

山下:過去の売上データに基づく本や、たとえばAmazonの「この商品を買った人はこんな商品も買っています」のような検索をなぞるのは、アルゴリズムに身を委ねているのと同じですよね。そこにあるのは「内部に閉じられた世界」です。それでは偶発的な出会いは生まれません。
私たちの役割は予定調和じゃない、今まで見えなかったもの、未知のものを視界に置いてみること。そんな縁を運ぶようなものでありたいと思っています。

──本を選ぶときに「縁」という言葉が出てくることが新鮮です。

山下:アルゴリズム的な枠組みで選書してしまうと、自分の枠を超える思想になかなか出会えないのではと感じます。もちろん検索も利用しますし、データに基づいて必要と判断した本は基本として押さえます。ですが、それだけに自分の感覚を委ねてしまう時代にちょっとでも抵抗したいと思っています。

石橋:客層がほかの書店さんとは全然違うのも、選書に影響しているかもしれません。地域の方々もお見えになるのですが、やっぱりメインのお客さんは京都大学の学生さんです。ですので巷で言われているベストセラーよりも、京都大学の学生さんに読んでほしい品揃えを心がけています。
私が担当している範囲だと、たとえば料理本コーナーは、シンプルなレシピ本の他に、食事や料理という営みを楽しく感じられて日々の生活が豊かになるような本も置いています。海外の料理に触れるとか、カレーをちょっとこだわって作ってみようとか。学生さんには食に関心を持ち、体を大事にしてほしい思いがあります。

学生さんへの思いを笑顔で語る石橋昌代さん

山下:周辺の一般書店と比べてお客さんの層が全く違いますし、マーケットも限定されています。大学に集う人たちのために商品を置くのは基本です。

私は売上ベストランキングの棚を担当していますが、単純に売上順で並べることはしません。データ通りのランキングでは書店の顔は見えてきません。ですので、お客さんに提示すべき本、お客さんの目に触れさせたい本を拾い上げる意図で、補正の範囲内でランキングを加工しています。

──ランキングをあえて加工する?

山下:はい。TOEICのような実用書は在庫を確保して機会損失をせずに売上を上げていくことが必要です。加えて京大生協の書店員として大事なのは、売れる本以外でどの本を仕入れるか。棚の制限がある中で、どのように本を構成して店の個性を表現するか。その上で、売上を考えることが不可欠だと思います。

──それでは、どのように本を選んでいくのですか。

山下:検索、データは参考にとどめて、自分が読んだことがある本、書評を読んで気になった本……。その他諸々あらゆる情報源から、直観的に選んでいます。実際にはこのテーマからはちょっと外れているかもしれない。「よくわからんし違うかもしれんけど、でも、この本で考えている問題の根っこは同じテーマなんじゃないか」と精一杯考え、感じて選んでいます。
ただ、最近はその直観力に必要なインプットの時間が全然足りていないですね。反省しています。

石橋:私も同じで、書店に勤めているのに以前ほど本を読めなくなっています。ですから毎日お昼休みの30分は必ず読書をすると決めています。学生のバイトさんにおすすめの本を聞いて読むこともありますね。

──棚の広さの制限であと一冊しか置けないとなったら?

山下:冊数の問題だったらもう無理やりねじ込みます(笑)。
もしも、検索で出てきた本なら、置き場所がなければ諦めますけれど、直観が囁いた本なら無理矢理ねじ込みます。

一冊一冊が目に留まる棚を目指して

──棚を見ていて気になったのですが、平積みと平積みの間に立てて置かれた本が結構多くありませんか。一般的に棚は差し、平台に平積みが多いですが、京大生協のような置かれ方はあまり見かけないように思います。

山下:平台での置き方では「平積み」と「差し」の基本があって、平積みのほうが本の「顔」であるカバーが見えてより目立つだろうと思います。
でも、たとえば仮に平積みばかりだったら結局どれも同程度の目立ち方になりますよね。平積みと差しを混ぜて置いているのはメリハリと言ってもいいかもしれません。

──とはいえ……手間がかかりますよね?

石橋:かかりますね。悩みます。

山下:同じ著者の本を並べたり、これは、という本を新たに加えたりするので、一冊の本を新しく入れたら周辺も全部手をいれなくてはいけません。

──目に留まる本を一冊でも多く増やしたい意図でしょうか。

山下:そうですね。よっぽどの書店好きな人はともかく、隅から隅までじっと探す人は一部しかいないはずなので。大抵は目的買いですし、そうでなければふらりとやって来るわけです。

石橋:全部の本が「差し」だと背表紙しか見えないのでスルーされやすくなります。だけど、「面陳」といってカバーを見せて並べる本の隣に「差し」の本が混ざっていたら、「差し」のほうもちょっと表紙が見えますよね。

──発見でした!

山下:置く際にも、ソフトカバーの本は倒れて折れないようにしたり、隣の平積み本に微妙な匙加減で支えてもらってよれないようにしたり、冊数が少ない場合は底上げをしたりして……。一冊一冊の本ができるだけお客さんの目に留まるための工夫なら、なんでもしたいですね。

──もしかしたら店頭に置いている銘柄数は、とても多いのではないでしょうか?

山下:多いと思います。在庫高を考える時、冊数ではなく点数ベースで数字を見ています。一冊の本があれば、ここから世界が広がっていくように、できるだけ多くの本を置きたい。
ロングテールの法則(ニッチ<尾>な商品の売上の総計は売れ筋商品<頭>に匹敵する)がありますがAmazonの強みは、その「テール」である無限在庫の部分にあります。
リアル書店の経営は「テール」にある本の切り取り方、品揃えにかかっていると思います。ですからその「テール」にあたる本を、できるだけ拾いたいのです。
単に点数を多く置くだけなら、全部一冊だけ取り寄せてただ並べればいい。でもそれでは「テール」にある本が生かされにくいから置き方の工夫をしたり、テーマでフェアをしたりするのです。

──「テール」が棚づくりの肝ですね。そういえば先ほど、お店にいらしていた学生さんに話を伺いましたが、ルネにくるとついつい何冊も本を買ってしまうと言っていました。

山下:そう言ってもらえるのは嬉しいですね。 ルネで買った本、あるいはルネで出会った本が、その後の人生の養分の一かけらになるかもしれない。棚づくりは非常にやりがいがあると同時に責任も感じています。

石橋さんが担当する「鳥の本」コーナー。売上も堅調で、読者が広がっていることを実感しているという。

もし店内の本が一つの野球チームだったら

──ここまでこだわった棚作りになると、大変失礼な質問ですが……採算や利益は気にされているのでしょうか。

山下:もちろん。本意ではないですが、「利潤の最大化」が最優先です。今まで述べてきたことは、そのための経営戦略であり、具体的な経営戦術の一端です。「ヘッド」に相当する本の売上は、当然あってこその話。目的買いの需要、実用書やベストセラーなどは切らさないようにして最低限の利益を確保する。その土台があって棚に存在することに意義がある本=「テール」を積み上げることができ、そこに店の価値が表れる。

経営を考える時、注力すべきはその点にあると思います。 もし、店内の本全部を一つの野球チームとするならば、売れる本は大量得点を稼ぐ四番バッターです。その他の打順には「いぶし銀」のようなニッチな本があります。これらは売上に換算できない、お店の価値を上げる存在であると考えています。そのような棚作りは効率だけで考えると「もう、やめよう」と判断するのかもしれませんが、現実の棚の制約を踏まえ、どうバランスを取るかがその店の担当者の腕の見せ所ですね。

──なるほど。では、京大生協の四番バッターとは?

山下:シンプルに教科書です。特に4月の教科書シーズンは、私の身長と同じくらいに山積みにされた教科書がみるみる売れていきます。それだけで一般書の一年分ぐらいの売上になります。この状況が一ヶ月ほど続きます。最もこの数年は、その山も初めから随分低くなってきていますが。

──全体の売上に占める割合は……?

山下:7〜8割です。シーズン中だけでなく通常時でも売上の大部分を占めるのは、一般書よりも教科書やその関連書ですから。ただコロナ以後、教科書の売上も右肩下がりです。この流れは変わらないでしょうね。

実は、大学生協で専門書、一般書を扱っている、つまり一般的な書店機能を備えているのは、国公立大学、私立大学の中でも限られた大規模な生協店舗のみです。その他の中小規模の大学生協書店は、機能面でみれば、教科書販売事業にとどまっているといえます。

きっかけはコロナ禍

──京大生協さんで20年以上働かれているお二人に聞きたいのですが、今、出版不況と言われる中で、京大生協で変化を感じることはありますか。たとえば全体売上推移はいかがでしょうか。

山下:売上は一般の市場環境と同じように順調に……、下がっていますよ。学生数は大きく変わりませんが。

──“順調に”下がっているのですね……。コロナ禍はどうでしたか?

山下:コロナ禍ではオンライン授業が中心となって利用者が激減しましたが、特需がありました。学内の先生は年間で決められた研究費、科研費を持っていらっしゃいますが、コロナ禍で学会出張などに行けなくなったので「じゃあ本を買おう」という動きがありましたね。ありがたいです。

石橋:あ、コロナ禍といえば……この棚を見てください。
卒業生で、詩人・小説家の最果タヒさんからお声掛けいただき、この「京大的作家の在学時の愛読書」フェアが始まりました。皆さん、京大出身の作家さんです。基本的に小説、文芸に特化しています。
本来、作家の出身大学は作品の本質とはあまり関係ないかもしれません。むしろ「東大、京大」を前面に出せば、逆に鼻につくかもしれませんので、◯◯大学出身という属性でのコーナーは難しいと思います。
でも、京大出身の作家さんから愛読書をテーマとして集めてみたら多様性があって、それでいて全体として何か独特の雰囲気のあるフェアになりました。

──えっ、こんなに! 壮観ですね。始まったきっかけは?

山下:コロナ禍で京大生協の経営が厳しいことを知った最果さんがご連絡くださったことがきっかけです。最果さんとやり取りする中で「在学時の愛読書」というテーマをお寄せくださいました。さらに最果さんが「私が、他の作家さんとのとりまとめをやりますよ」と自らお声掛けをしてくださったことで始まりました。

はじめは一時的な「フェア」の位置づけでしたが「京都大学」の枠を超えて好評だったので常設のコーナーに移行しました。今、京大出身の作家さんの著書はできる限り揃えるようにしています。

その後、京大出身の作家さんが次々と活躍されてきて、今では「京大生協ブックセンタールネの顔」ともいえるくらいに定着しています。

──作家さんのサインや写真もありますね。棚の装飾もこだわりを感じます。

石橋:棚の装飾は、創作が得意なスタッフにお願いしています。いつも素敵な装飾をしてくれるので頼りにしています。
アンケートに回答していただいた作家さんがこの棚を見に来店してくださることもあります。これもご縁ですね。

──作家さんが学生時代にこんな本を読まれていたのかと知ってから、作家さんの作品に触れると見え方も変わりそうです。

山下:作家さんごとに個性がありますよね。
本ごとに異なる世界観があります。代替不可なものだから「今、この本はないけど、代わりにこの本をどうぞ」とはお薦めできない。それくらい一冊一冊の本には強力な個性がある。
だからこそ、できるだけ若いうちに、本を通じて開かれた未知の世界や、多様な感性に触れて欲しい。ルネがそういう場であればいいなと思っています。

「京大的」文化の刺激が日本の将来を変えるかもしれない

──他に、ぜひ学生さんに見てほしい棚を教えてください。

山下:「ガクサイ」の棚ですね。

──「ガクサイ」? 初めて聞きました。

山下:「学」問の「際」で「学際」です。
最近の学術書は、経済学、政治学といったような既存の分類に収まりきれない本が増えています。機械的に単一の分野に分けられないような、思想、テーマが複数の領域を横断している本です。
書店は基本的にジャンルごとに本を並べますが、その棚では日の目を見ないまま返品されてしまう本もたくさんあります。それではもったいないし、その本にとっても不憫なことです。自分の問題意識と照らし合わせて並べています。

──この「学際」コーナーのメインに『京大的文化事典』(杉本恭子・著 フィルムアート社)が置かれています。先ほどの最果さんのフェアも「京大的作家」でしたが、山下さんの「京大的」という表現には、どんな思いが込められているのでしょうか?

山下:京都大学が守り続けてきた『京大的文化事典』の帯にもある「最後のアジール(自由領域)」の空気感を表現したいからかもしれません。今、世の中のあらゆる場で無駄を削ぎ落とし、効率性を求める動きが加速しています。

たとえば現在は撤去されてしまった京大内の立て看板(タテカン)。
あの文化は一風変わっていますが、「京大的文化」の象徴でした。ただ一般的なイメージの「京都の文化」、寺社仏閣等とそぐわないということでしょうかね。道路交通の安全のためというよりも、行政的理念に基づく京都の景観・文化保持のため、観光政策の一環なのかなと感じられます。

どちらも「京都」でだからこそ育まれた文化であり、このような文化が共存している事こそが「京都」の唯一無二の魅力だと思うのですが……。「京大的文化」の土壌が年々失われていて残念です。

──日本で数少ない寮生自身が運営する自治寮、「吉田寮」の今後も気になります。

山下:立て看板、吉田寮、他にもイベントで使われる西部講堂など「京大的文化」は一見カオスのように見えるかもしれません。ただ、京大生協ではこの「京大的文化」のように予測不能で刺激があり、懐が深い品揃えをすることを意識しています。枠に収まりきらない、境界を越えた知の世界に触れてほしいですね。

──「京大的文化」の刺激を学生さんに与えたいと。

山下:そうです。いろんな人や本から刺激を受けてほしい。
私は思いもかけない偶然の出会い、ご縁の世界こそが世界の実相だと思っているので。

──この京都大学の書店で本を買い、思考を育んだ人たちが将来の政治家や研究者、日本を支える企業の経営者、世界を豊かにする人になるかもしれないですもんね。

石橋:ちょっと大げさかもしれませんけれども、たった一冊の本との出会いがその学生さんの将来を変えるかもしれないですよね。日本の将来を担っていくであろう学生さんたちに読んでもらうなら……と考えながら、ああでもない、こうでもないと取り寄せる本を選んでいます。

影響を与えるといったらおこがましすぎますが、なにかのきっかけになったと言われたら本当に嬉しいです。
ここで働き始めたときから、ここに並ぶ本が日本の未来につながっていくかもしれないという気持ちを持っています。大げさかもしれないのですけれど、できるだけいい本を選びたいな……と。

山下:ここに並んでいる本は、もしかしたら一生実生活で役立つことがないこともあるかもしれません。でも、学生時代に出会った、たった一冊の本がその人の個性を形づくり、いつか日本の未来を支える根っこになるかもしれない。

だから、私たちはとても重要な場所で働いているなと思います。京大生協に来れば「いい本との出会いがあるかな」と何となく思ってもらえるような場を提供したい。
そのために何ができるかなって常日頃考えています。(了)

撮影/楠本 涼
執筆/荒木 千衣
編集/佐藤 友美

山下貴史(やました たかし)
京都大学生活協同組合「ブックセンタールネ」人文書・文芸・美術書担当。勤務歴20年以上。「売上ベストランキング」や「学際」の棚も担当している。

石橋昌代(いしばし まさよ)
京都大学生活協同組合「ブックセンタールネ」文庫新書・雑誌・実用書担当。山下氏と同じく勤続20年以上。元々はレジ担当での採用だったが、担当範囲が広がり今に至る。

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