
自分のために生きることから、誰かの役に立つために生きることへのマインドリセット―『「また頼みたい」と言われる人がやっていること』
フリーランスとして成功するためにはどうすればいいのか。コロナ以降、フリーランス人口は右肩上がりである。Lancersの統計によると、2024年のフリーランス人口は1303万人。10年前と比較すると39.1%の増加であるという。フリーランスに関する本も多く出版されている。しかし私が知る限り、お金、集客、時間マネージメントのようなノウハウ本が多いように思う。
そんな中で、フリーランスのマインドに言及して、仕事の仕方を指南する本が登場した。著者は30年以上仕事が途切れないブックライターで、自著も50冊以上にのぼる上阪徹氏である。この本は、私が抱いていた「自分がしたい仕事ができるフリーランス」のイメージを覆した。
本書は小説仕立てになっている。フリーのライターに転向したばかりの玲奈が失敗を繰り返しながら成長していく物語だ。成功しているベテランのライター、水上悟にインタビューすることで、彼女はフリーランスとしての仕事のスタンスを学ぶ。水上はもちろん、著者上阪氏の代弁者だ。
玲奈は、「自分主体で動ける仕事がしたい」「文章を書くのが好きで得意」という理由で会社を退職しフリーのライターに転向した。この玲奈にはライターになりたいと思う人の一般的な志望動機や思考が投影されている。自分が書きたい内容を自分の文章力で表現したい、という思いである。だから玲奈は編集者の企画の意図を重視せず、自分の思いを優先して原稿を書き、修正依頼に難色を示す。私は、失敗を連発する玲奈の仕事の仕方を読みながら、自分を見ているような気がして頭を抱えたくなった。
私はこれまでに、TOEICの試験対策本を2冊共著で執筆させていただいている。「TOEIC 初心者でも600点を超えられるようにする本」というのが拙著の主旨であった。まず、企画段階で、基本問題の解き方をできるだけわかりやすく解説する本にすることで合意した。難易度の高い問題は解けなくても、基本問題だけで十分600点は超えられるからだ。こうした明確な指針があったにも関わらず、私はページに余白が空くと、そこにより難易度の高い情報を追加した。余白で置いておくより、読者に有益な情報を提供した方がいいじゃないか、と思ったのだ。編集者からは情報の難易度が想定学習者にマッチしない、という指摘があった。しかし当時の私は、すぐには修正に応じなかった。ページに余白を残しておくことに、納得がいかなかったからだ。
最終的には編集者の赤字の通りに修正し、ゲラが刷り上がってきた。それを見て初めて編集者の描くページ作りがわかった。余白があることで、ページがすっきりして読みやすい。この余白に、難しい文法知識を詰め込んだら、読者にとって読みにくい本になってしまうだろう。私は編集者のように、ページを俯瞰してみることができていなかった。ただ、文法知識を詰め込むことだけ考えていたのだ。
加えて言えば、私はいつも原稿を締め切りぎりぎりに送っていた。間に合っているから問題ない、と思いながら。編集者の忙しい時間を考慮せず、金曜の夕方や月曜の朝にお構いなくメールも送った。ああ、なんて配慮が足りなかったのだろう。当時は見えなかった自分の姿が、本書を読んだ後ではっきり見えてきた。
実は、この本が生み出されるきっかけとなった場に私はいた。その場とは、2025年9月6日に開催されたセミナーだ。それは、大変熱量の高い場だった。会場は現役ライターやライター志望の方で満席だった。
そこで上阪氏は彼の経歴を語った。転職した会社が倒産し、無職になった彼は、ただひたすら依頼される仕事をこなした。目の前の仕事に集中し、それを成功させることで、次の仕事が舞い込んできた。自分がやりたいことはない。仕事は選ばない。求められていることをきちんとこなす。その繰り返しが、彼を思いもかけない高みへと連れて行った。自分のやりたいこと、お金、地位にこだわっていた時は得られなかったものが、そのこだわりをすべて捨てたことで手に入ったという。
想像していたフリーランスのイメージとあまりにも違う話に私は愕然とした。そして、人生の真理の奥深さを感じた。自分のやりたいことにこだわる、ということは、自分で自分の枠を決めてしまうことでもあるのだ。「自分を手放す勇気」を持って「人の役に立つ」ことに徹したら、今まで見えなかった可能性が見えてくるのかもしれないと思った。
このセミナーの会場はCEメディアハウスだった。そして、上阪氏の話を聞いていらした編集者の田中里枝さんが、この話をぜひ本にしたい、と上阪氏に企画を持ちかけたのだそうだ。小説仕立てにするのも田中さんのアイディアで、それに見事に上阪氏が応えて、この本が完成したという。
「自分のために生きることから、誰かの役に立つために生きることへ。必要とされることにとにかくこたえることへ」のマインドリセットが人生を一変させたと上阪氏は語る。花が舞う優しい色合いの表紙を見つめながら、自分を手放してみようかと思った。
文/山科美智子
この本の著者の上阪徹さんと、CORECOLOR編集長さとゆみのトークイベントが、7月18日(土)の15時から芳林堂書店高田馬場店で開催されます。

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