
感動したら台無しだ【さとゆみの今日もコレカラ/第 80 回】
文章を書き慣れてくると、指が勝手に動く時がある。
感動しました。
感銘を受けました。
衝撃を受けました。etc.
だけど、ほんとうに、感動したのか。
ほんとうに、感銘を受けたのか。
ほんとうに、衝撃的だったのか。
自分の心の中をちゃんと覗き込むと、まあ、それほどでもないときも多い。こうやって締めておけば、なんとなくまとまる。その動機のほうが、強かったりする。
感動しましたと書きそうになる時、私はその時の自分を思い出し、じーっと観察する。その時の呼吸はどうだったか。汗はかいていた? 皮膚は?毛穴は? 声を出した? それとも声を飲み込んだ?
私はほんとうに感動すると、喉仏の右上あたりをギュッと握られたように苦しくなることが多い。あるいは、足の指先がすーっと冷たくなる。興奮して脳に血液が送られるからだろうか。全身からは血が引く感じがする。
因果関係はわからないけれど、心が大きく動くと体は黙っていない。
書くとしたら、その体の変化のほうを書く。
インタビュー相手から、「感動しました」と言われた時も同じだ。しつこくしつこく、その時にあなたの体はどんなふうに動いたのかを聞く。
わたしはすこぶる雑で粗忽で適当な女なのだけれど、思ってもいないことをなるべく書かない、なるべく言わないことに関しては、ことばの神様と約束したの。
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【この記事をおすすめ】
世の中には「相手の心を動かす」「絶対伝わる」と謳った文章術の本がたくさんありますよね。ですが、伝わったかどうかを判断するのは受け手であって、コミュニケーションとしての文章は受け手がいないと成立しないはずです。「伝わる」と言い切るのはそもそも構造的に嘘だと思っていました。


