
師匠の「教え」じゃないほう【さとゆみの今日もコレカラ/第 81 回】
先生と師匠の違いは何だろうと考えている。
9年前、「本気で著者になるゼミ」という名前だけ聞いたらちょっと怪しい感じの著者養成ゼミに通った。出版社が主催し、最終日にプレゼンをしてグランプリになると書籍化が確約されているゼミだったのだけれど、33 人が受講して結果、11 冊の本が出た。
本を出したいと思って集まるメンバーだから、濃ゆい。その分野では何千人の前で講演するような人たちばかりだったし、ファンもフォロワーも大勢いる人たちばかりだったけれど、そこでは予備校生でしょうかというくらい、素直に学び、ダメ出しされ、泣いたり泣かされたりして、青春をした。
昨夜その同窓会があった。ゼミの主宰者だった編集長もきてくださった。私たちが師匠だと思っている人である。
その場で話題になったのは「あの場で私たちが教わったのは、一体何だったのか」。
今振り返って思うに、私たちが授けてもらったのは「著者になるためのノウハウ」ではなく、「著者になろうとしているあなたはどう生きますか?」という問いだったように思う。
答えのない問いだった。哲学だったとも言える。だから、9年経った今も、私たちはその問いを考え続けている。
そういえば、私が師と思っている人は、みな、一生をかけて取り組む問いをくれた人たちだ。
先生が教える人なのだとしたら、師匠は問いかける人なのかもしれない。
9年前、本を出したいと思ってその扉を開いた私は、9年たったいま『本を出したい』という本を書いていて、もうすぐ校了する。9年前から考え続けてきたことを一度発露するわけだけれど、この本を出したあとも考え続けるだろうと思う。
一生考え続ける問いをくれた師と、ともにそれを考え続ける仲間たちに、昨夜は深く頭を下げました。
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ああ、もしかして、夢って一人で追うものじゃないのか。


