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LESS IS MORE【さとゆみの今日もコレカラ/第 82 回】

世にも斬新なヘアデザインを提案する創作集団がいる。LIM(リム)。今は世界各国に展開するこのスタイリッシュなヘアサロンの原点は、大阪の八尾にある。

東京のトップサロンで修行した西村さんは、大阪に戻って独立した時、最初、八尾に店を構えた。オシャレで洗練された店にしたいと考えていたが、来るのは近所のおっちゃんとおばちゃんばかり。

ある日、前掛けをしたままつっかけを履いてやってきたおばちゃんが、どしんとカット席に座ってこう言った。「なんでもええから、ささっと切って」。足は大股びらき。化粧もしていない。

西村さんは、がっくりとしながらも、なんとか気を取り直してカウンセリングを進めたという。どんな雰囲気が好きですか。普段はどんなふうに髪を乾かしていますか。

「なんでもええねん」と言っていたおばちゃんを西村さんは、丁寧にカットする。仕上がりの髪をおばちゃんに確認してもらったとき、おばちゃんはちょっと驚いた顔をしたという。

何ヶ月か後、おばちゃんはまたやってきた。まだ「なんでもええねん」というけれど、それでも西村さんはあきらめず、希望を聞き出そうとする。西村さんは、その日も心をこめて丁寧にカットをした。そういえば、今日はおばちゃんが、前掛けをしていないのに気づいた。

ある日、おばちゃんはスカートを履いて、綺麗にメイクをして店にやってきた。おばちゃんは足を揃えてカット席に座る。足元はつっかけではない。いつものようにカウンセリングをしたとき、おばちゃんはもう「なんでもええねん」って言わ

なくなっていた。

どんなにお客様が増えても、都会の一等地にたくさん店ができても、世界中にサロンが展開しても、西村さんの心にはいつも、その八尾のおばちゃんがいた。大股びらきをしていたおばちゃんの足が、少しずつ閉じていくのが、本当に嬉しかったの。髪を美しくすることで、どんどん心持ちが変わっていったその八尾のおばちゃんが、僕の原点なの。

私はその話が大好きで、西村さんとお話できる機会があると、いつもその話をねだった。子どもが「あのお話、もう一回聞かせて」というようにおねだりした。西村さんの八尾のおばちゃんの話は、ヘアライター時代の私の背骨を強く支えてくれた。

私が、表参道や銀座の美容院だけではなく、全国 47 都道府県でヘアカタログを作ろうとしたり、日本で最も早く 50 代のヘアカタログを作ろうとしたのも、八尾のおばちゃんの話が心の中にあったからだ。

ある日、西村さんに呼ばれて、LIM のメンバーの前で話をすることになった。普段、いろんな美容師さん向けにしている顧客分析やマーケティングのセミナーではなく、あなた自身の人生について話をしてほしいと言われた。

いやいや、そんな、語るような人生じゃないです。そんなことより、もっと集客に役立つブログ活用法とかどうですか? と言った私に「人は、人の人生から一番学べる」とにっこり笑った。

どうしてライターになったのか。どうして美容の道を選んだのか。書くときに工夫していることは何? この先どんなふうに生きていきたいの? あなたの使命は何?

西村さんに問われるまま、私ははじめて人生の棚卸しをした。自分が何を大切にしているのか、これから何をしたいのか。この日はじめて、自覚した。

私も八尾のおばちゃんと同じだったのかもしれない。私なんか大したもんじゃないですからと遠慮する私に、西村さんは「あなたには価値がある」と教えてくれた。誰の人生にも価値があると教えてくれた。恩人だ。

最後にお会いしたのは、昨年の大阪梅田の蔦屋書店さんだった。私の『ママはキミと一緒にオトナになる』のトークイベントに来てくださったのだ。少し、痩せられたかなと思っていた。

「今日はお会いできて嬉しかったです。また関西に来る時にはぜひゆっくりお話しさせてください」とメッセージした私に、「今日はすごく良かったよ。おつかれちゃん。今度話せるのを楽しみにしていまーす」と返してくださった。最後に一行、返信無用と書かれていた。

それが最後になった。返信無用。もう、返信したくてもできない。もう、このメッセに何を送っても、既読にならないんだ。

LIM という美容院の名前は「LESS IS MORE」からきている。西村さんからは、たったひとつのことを学んだ。そしてそれは全部でもあった。

ボス、ありがとうございました。大好きだった。安らかにお眠りください。

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