検索
SHARE

空っぽだと絶望していた私が、大事なものを取り戻した。『「国境なき医師団」の僕が世界一過酷な場所で見つけた命の次に大事なこと』

先日村田慎二郎さんのインタビュー記事を読んだあと、私は呆然としていた。ガザの現実を知ったからだけではない。人道支援に向き合う姿に圧倒されたのだ。そして、自分の空っぽさに絶望する。できることがない、という無力さだけではない。突き動かされるものがない、ことが虚しかった。なにが村田さんをそうさせるのだろう。村田さんを突き動かすものとはなんなのだろうか。

その翌日、私は村田さんの著書『「国境なき医師団」の僕が世界一過酷な場所で見つけた命の次に大事なこと』を買いに走っていた。村田さんにはあって、私にはないものを見つけるために。

はじめにお伝えしておきたいのは、少し安心したということだ。村田さんが幼少期から勉強もできて、優秀な学校を出て、と書かれていたら、私は「ああ、デキが私と違う方だからなんですね、わかりました」となっていたと思う。プロローグにも書かれているが、村田さんは「学生時代からずっと優秀だったというタイプではない」とのこと。浪人も留年も経験している。勉強ができるできないは関係ないようだった。ではなにが、と本のページを何度もめくる。そこで気が付いたのは、「夢」というキーワードだった。

夢は「命の使い方の大切な6つのポイント」の3つ目として挙げられており、書籍でも3つ目のチャプターに登場する。大学時代、ビジネススクールの我究館に通い、そこで出会った故・杉村太郎さんから何度も投げかけられた「将来、なんでも実現可能だとしたらなにをしたいか」という問い。それを受けてA4一枚の紙に描いた、「40代で政治家になる」という夢。結果、政治家の道には進まなかったが、その紙はどんなときにも村田さんを奮い立たせる支えとなったそうだ。

他にも度々夢にまつわるエピソードが出てくる。医療への攻撃を少なくさせるアドボカシー戦略をハーバード・ケネディスクールで描きたいという夢。そして先日のインタビュー記事でも、国境なき医師団の日本事務局の夢として「多くの人が人道援助という仕事に理解をもっている社会」と、「多くの若者が人道援助をキャリアの選択肢の一つとして考える未来」を実現させたい、と語っていた。無限に広がる夢こそが、村田さんの原動力なのだ。

ここで自分を顧みる。そういえば、若い頃は夢見がちな少女だった。漫画家になりたいとか、脚本家になりたいとか、映像ディレクターになりたいとか、なりたいものがコロコロと変わっていった。けど一貫していたのは、私の手で生み出したもので誰かの心を動かしたいということだった。私がとある映像作品に救われたように、私の手掛けた作品で誰かの心を救いたいと思っていた。その後映像制作会社に就職もしたけど、精神が参ってしまって辞めた。そのあたりから徐々に夢見ることをやめてしまった。

夢への思いが足りなかったんだろうか。辞めなければ夢は叶ったんだろうか。いや、村田さんは私なんかより過酷な環境で走り続けている。そんな場所で、どうやって夢を描き続けられたんだろう。私は何度も何度も本やインタビューを読み直す。そこで私が導き出した答えは、「人の存在」だった。

村田さんの周りには、医療支援を必要とする人たちがいた。「You are our hope(あなたたちは、私たちの希望なんだ)」という言葉を託す患者がいた。危機的状況の中でも人道援助の活動を続ける同志がいた。託された思いを胸に、人のために動く。

ああ、もしかして、夢って一人で追うものじゃないのか。たしかにあの頃、孤独でたまらなかった。夢を追うことは非現実的で、自己責任であるかのように扱われた。誰も助けてくれないし、助けてもらうものでもないと思っていた。自分でなんとかしなきゃ、と走っては転び、ついには起き上がれなくなっていた。

私の手で生み出したもので誰かの心を動かしたい、と思って飛び込んだ世界だったのに、いつしかその思いは消えていた。生きることに精一杯で、夢なんか追っていられなくなった。追い打ちをかけるように「人のため? 誰かを救いたい? 医者じゃないんだから無理だよ」と言われたのも相まって、完全に心が折れた。わかってるよ。私なんかが誰かの心を救えるわけない。わかってる。

わかってる、けど。

私本当は誰かの心を救える人間になりたかったんだ。自分が救われたときのように。

なんで村田さんのようになれないんだろうというこの思いだって、人々を救う姿に感銘を受けたからだ。私だって誰かを救いたくて、けどどうしたらいいかわからなくて、とりあえず泣きながら募金して、もがくようにこの本を手に取った。答えはシンプルだった。封じていた夢をもう一度取り戻すこと。アラサーがなに青臭いことを言ってるんだ、と自分でも思う。けど、ここ最近の淡々とした毎日を過ごすよりも、もっと良いことが待っている気がする。誰かの役に立てるなら、それは嬉しい。自分のためにはなかなか頑張れないけど、誰かのためになら頑張れる。

今すぐまた夢を追いかけられるかは、まだわからない。どんなジャンルで戦えるのかも、まだわからない。「誰か」が誰のことをさしているのかも、まだわからない。わからないことだらけだ。だから、ヒントがたくさん詰まっているこの本を片手にたくさんたくさん考えたい。まだ見ぬ誰かのために、私ができることを。

文/菜津紀

【この記事もおすすめ】

writer