
自分で気づいたことしかできない【さとゆみの今日もコレカラ/第 98 回】
人は自分で気づいたことしかできないと思っている。
たとえばとても寒い日、子どもがTシャツにジャンパーだけで家を出ようとすると、ばあばは「寒いから肌着を着ていきなさい」とヒートテックを渡す。子どもは「大丈夫だ」と言ってきかない。玄関で二人の押し問答が始まる。
こういうとき私は、子どもの好きにさせてと伝える。寒くて凍える経験をすれば、次からは(次じゃないときもあるが、そのうち)自分で服を調整するようになる。一度凍えたほうが話が早い。
先日、くったくたになって家に戻ってきたら、リビングがゴミ屋敷になっていた。子どもが自分の部屋を片付けて、いらないものを全部リビングに出したらしい。綺麗に片付いた子どもの部屋と、泥棒が入ったかのようなリビング。一瞬めまいがしたけれど、心の中では「やっとか」と思って小さくガッツポーズする。
「ママ、手伝って」というので、リビングのゴミを一緒に分別する。45ℓ のゴミ袋が7袋。束ねた教科書やノートの資源ごみが6束、もう着れないサイズの服が段ボール2箱。深夜1時までかかったけれど、達成感が半端ない。
待った甲斐があった、と思う。
私の家にくるたびに、「あの足の踏み場のない子ども部屋をなんとかしたい」と、ばあばが言っていた。私は「そのうち自分でやるだろうから、放っておいて」とお願いしていた。勝手に片付けるとあとから「あれがない」「これがない」となるからだ。時間がかかっても、自分で取捨選択したほうがいい。
床が見えるようになった子ども部屋は、綺麗に掃除機がかけられている。一度も使われたことがなかった勉強机も片付いていて、「リビングにある1人がけのソファがほしい」と言うから、どうぞとゆずった。
待った甲斐があった、と思う。
ゴミの中には、学校のテストも大量にあったような気がする。そういえばテストは一度も見せられたことがない(燃えるゴミに分別されていた通信簿は 2年分だけ救出した)。これまでも、勉強は気が向くとやっているみたいだった。ときどき LINE に Amazon のリンクが送られてきて「この問題集買って」と言われる。
そのうちやりたいことが見つかったら、放っておいても真剣に取り組むだろうと思っている。学ぶことは楽しいから、いつかその面白さを知ってほしいなとは思うけれど、そのタイミングは彼が決めるのであろうと思う。Xデーはいつも突然やってくる。中学でその気になるのか、高校でなるのか。社会人になってからかもしれないな。来世だったらどうしよう。まあ、それでもいいか。人は自分で気づいたことしかできないけれど、自分で気づいたことは必ずできるようになるとも思っている。
綺麗に片付いた部屋をみて、にこにこしている母です。
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その瞬間、ヒヨコのライター生命は尽きた(と思った)。


