
できない子、じゃない【さとゆみの今日もコレカラ/第 158 回】
入社一週間。初めての週末。今年社会に出た新卒の人たちは、どんな気持ちでこの週末を迎えているんだろう。いい会社に入ったなとか、働くって大変とか、もう辞めたい気持ちとか。きっといろいろあるのだろうな。
新卒で入ったテレビ制作会社で私は、ちょっとびっくりするほど「できない子」だった。
まず、身体的には三半規管が弱すぎた。巻き戻しと早送りが繰り返される編集室で、映像に酔って何度か吐いた。
初めての企画会議では、他社の丸パクリの企画を出して先輩を大激怒させた(あの人が怒ってるところ初めて見たと言われた)。
一個上の先輩には「あなた、一見仕事できそうに見えるのに全くできないからほんとタチが悪い」と言われ、同期の契約社員には「正社員はいいよね、仕事できなくても給料もらえて」と言われた。
入社三年経って、一年下の後輩が全員ディレクターデビューしても、私はまだ AD のままだった。
円形脱毛症で8箇所くらいハゲができた。いつもケータイが鳴ってる幻聴が聞こえて、呼吸困難で倒れる日が増え、1ヶ月会社を休んだ。会社に行かなければ体調は悪くならない。やることがないので、毎日パチンコをしてた。おじさんたちと一緒に開店前の店に並び、大工の源さんに毎日つっこんで、ひと月で 24 万円稼いだ。仕事以外でもお金って稼げるんだなって思った。
その後、社内結婚を機に退職した。寿退社という言葉があった時代だ。18歳年上の、上司でもあり結婚相手でもある人には「過去イチ仕事のできない子だと思ってた」と言われた。でも、自分でそれに気づけないと辞められないだろうから、納得いくまでやればいいんじゃないかと思っていた、とも言われた。その通り。自分で自分に見切りをつけて、辞めた。
ところが。
ライターに転向したら、やることなすこと、喜んでもらえた。仕事ってこんなに人から喜ばれながらお金をもらうものなんだ。やればやるほど稼げるものなんだということを知る(いまは、やればやるほど稼げるとは思ってないのだけど)。仕事が楽しくてたまらなくなった。
会社を離れて数年経ち、新卒時代にお世話になったプロデューサーとばったり道で会ったことがある。
「お前、ちゃんと食えてるか? 食えなかったらいつでも戻ってこいよ」と優しい声で言われたとき、ああ本当に私は「できない子」だと、心配されていた
(そして今もされている)んだなあと感慨深い気持ちになった。親切に声をかけてくれた先輩には言えなかったけど、その頃、私のライターとしての売り上げは、年間 1000 万を超えていた。
今、いる場所が唯一の場所じゃない。
仕事ができる、できないの基準も一つではない。
私の身体も脳も一つだけれど、その身体や脳のどこを使うかは、仕事によって全然違う。
でも、それって試してみないとわからないよね。
たぶん「できない子」というのはいなくて、「すんなりできること」と「なかなかできないこと」がある。
それが苦にならないなら、仕事に自分を合わせてもいい。やりたいことなら、何がなんでもしがみつけばいい。けれども、苦しすぎたら、自分に仕事を合わせる方法もある。辞めるは、逃げるじゃない。
今週はきっと、気を張り詰めていたことでしょう。週末はゆっくりしてね。
いっぱい寝て、美味しいもの食べて。好きな人と話して。
人生はまだまだ続くから、自分のことを1週間で評価したりさせたり、しないでね。
【この記事をおすすめ】
好きなことは楽しくてしょうがなくていくらでも頑張れるという経験があるので、編集部員の「好き」や「得意」を大事にしたい思いがあります。
人生は有限なので、できるだけやりたいこと得意なことに時間を割いたほうが全員にとって良いと感じます。だって、その人の中の「できること」の方だけに目を向けたら、全員「できる人」になるわけですから。


