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「できること」だけに目を向けたら、全員「できる人」。東洋経済オンライン/吉川明日香編集長【編集者の時代 第5回】

CORECOLOR編集長、佐藤友美(さとゆみ)が、編集者に話を聞くシリーズ「編集者の時代」。

今回登場するのは、日本最大級のビジネスニュースサイト東洋経済オンライン編集長の吉川明日香さん。2023年3月末で編集長から編集部担当部長への異動が発表されたので、東洋経済オンラインの編集長として語るインタビュー記事は、これが最後になる。

同社初の出産後復帰記者となったのが2008年。日に最低25本の記事を配信し、月間2億PVを誇るサイトを率いる編集長と聞くと、完璧なスーパーウーマンを想像してしまう。しかし、当の本人は「私、記者としてはダメダメでしたし、できないことがあまりにも多くて」と、語る。そんな吉川さんは、だからこそ「その人の良いところだけを見る」「良いところだけを見れば、誰もが『できる』人」という方針で部員と接してきた。

「煽りタイトルはつけない」「世の中をよくするニュースを配信する」。日本を代表するメガサイトの編集長は、良心の人で、人情味あふれる人で、そしてやはり厳しい目線で記事をブラッシュアップするプロフェッショナルだった。

聞き手/佐藤 友美(さとゆみ) 構成/荒木 千衣

記事の良し悪しは、読者に問うてみることから

――吉川さんには、連載や記事の執筆でお世話になっています。今でも忘れられないのが、私が原稿に「マンスプ(男性が女性を見下す態度を指す)」という言葉を使ったときに、この表現は変えてほしいとご指摘いただいたことです。「男性というものは~」といった大きな主語で語ったり、筆者の偏見でモノを申す態度がにじんでいる原稿に対しては、吉川さんはいつも丁寧に修正指導してくださいました。

吉川 そんなこともありましたね! 東洋経済オンラインは、男性と女性の読者が半々いるサイトです。ある立場から見た決めつけに近い言葉や、流行りの言葉などは、読者が読んで違和感、ざらつきを感じないかは結構気にしています。

「マンスプ」も、女性読者しかいないサイトの中で「あの感じ」と盛り上がるのはアリかもしれません。が、男女半々いる教室の中では、相手の意見を聞かないで、いきなり殴りかかったような乱暴な印象になってしまいかねないですよね。いい記事なのに、そのほんの一言で心を閉ざしてしまう読者がいたら、とてももったいないなと。

いま、さとゆみさんがおっしゃったように、「男性とは」という主語も大きすぎる。男性にも様々なバックグラウンドの人がいて、その数だけの考え方と人生があります。もちろん、女性などが歴史的に不利な立場に置かれてきた側面はありますが、それを伝える場合も、主語は「女性とは」でいいのか、雑な言い方で表現したくない。これは男女の話だけではないですよね。いろんな立場の人たちが読んでどう受け取るかに思いをめぐらせながら、少しでも広く深く伝わるような言葉を選ぶことで、結果的に建設的で前向きな議論が生まれるといいなと考えています。

ーーそういった思いで作られているサイトだからだと思うのですが、東洋経済オンラインさんの記事は、タイトルも本文もとても品がいいと感じます。タイトルの付け方については、あとで詳しくお伺いしたいのですが、吉川さんが大切にされている考え方は、著者さんや編集者さんにはどう伝えていらっしゃいますか。

吉川 原稿を見て視点や言葉づかいなどに気になる点があれば、すぐ連絡して理由を説明します。個人や団体、何らかの考え方について、批判的に取り上げる場合はとくに、言葉を尽くして説明してほしい、と。真摯な態度と言葉で自分の意見を伝える。ちゃんと皆さんに聞く耳を持ってもらえるような言葉遣いで伝えられた方が、結果的にたくさんの人に届き、社会をよくしていけると思うんです。

ーー今お話しくださったような、私から見えている吉川さんのお仕事は業務の一部ですよね。編集長は日々どんな仕事をしているのですか。

吉川 さとゆみさんからもらった原稿を確認するような、いわゆる「編集者業」は現在は全体の3割くらいです。7割以上は、編集部員の原稿を見たり、サイト全体を見渡して、媒体全体としてブレや問題がないかを確認しています。大体1日25本の記事をアップしますが、毎日、締切の夕方6時から翌日配信分の記事を大筋チェックするのも重要な仕事です。

編集部員は15人ほどです。彼らはそれぞれ企画を立て、著者と二人三脚で記事を制作しています。私は全体の質と量を見て、必要があれば、目標に沿って編集部員にアドバイスをして伴走する、そんな役割です。

ーー企画会議はどのようにされているんですか?

吉川 実は、全ての部員が集まる企画会議はないんです。これは、2012年に東洋経済オンラインをリニューアルした時から続いている慣習です。当時のメンバーは皆、紙媒体の出身で、Webメディアも今ほど多くなく、どんな記事が読まれるのかまったく想像もつきませんでした。編集部内で「いい企画かもしれない、ダメな企画かもしれない」と言っても、それが読者ニーズに合っているかはわからないですよね。それであれば、「自分がいいと思った記事で勝負して、読者に問うてみた方が良いのでは」という考えでスタートしたという出自があります。掲載に回数とスペースの制限がなく、いくらでも記事を出せるウェブだからこそできるやり方でもありますね。

一方で、編集部員との企画相談は随時行っています。新しい著者さんを起用したり、新しい連載を始める際は必ず相談してもらいますが、編集部員の試行錯誤に対して、必要以上の口出しはしません。編集長の私に想像がつかないもっと大きな可能性があるかもしれないし、とにかくまずは自分が良いと思う企画を世に問うてほしい。

また、企画会議はないのですが、毎週の部員が集まる定例会議があります。ここでは、成功した記事事例をピックアップして、その秘訣を分析して学ぶようにしています。世に出る前に企画を揉んで丸くするのではなく、出てうまくいったものから学ぼうと。

ーー答えは、読者のほうにあるというお考えなんですね。

はい。とはいえ、企画会議がないことの良し悪しはあると思っていて、「好きなテーマ、得意なテーマで企画してください」と言われるのが苦手な編集部員もいます。そういうメンバーに対しては、企画のテーマ設定についてアドバイスします。

また、好きなテーマだけをやっていると快適ですが、編集スキルが伸びない場合もあります。ハードルの高い題材を与えられた時に、伸びる能力もあるので、「皆さんで、あるテーマについて企画を考えてみましょう」と強化月間を設けたことも。やってみた後は、深追いしません。「あ、やれるじゃん」と編集部員自身がなればそのテーマで、記事を作り続けてもらうし、これはナシだとなったらそれがわかったことが成果です。

他にはグループチャットを使い、毎日当番制で、部員から気になることなど話題を共有してもらうようにしています。日本中に住む読者の方がいま、何に心を持って行かれているのか、それはいったいなぜなのか。企画を作る上で、常に読者に思いをはせる習慣をつけつつ、編集者同士の発想が日々の刺激になればとの狙いでやっています。

ーー編集者の自発的な企画を優先しながらも、ここだけは意識してほしいと思うことはありますか。

吉川 何か企画について日々迷うことがあれば「社会をよくする」に戻ろうと伝えています。

東洋経済オンラインのキャッチフレーズは「社会をよくする経済ニュース」です。これは、私が編集長になったときに、変更しました。私は10年Webメディアの現場にいます。ここ数年、Webサイトも増え、情報量の競争が特に苛烈だと感じています。その渦に流されて我と目的を見失わないよう、旗はきっちりたてておきたいと思い、こだわってつけました。

また編集部員も著者も一番大事なポリシーさえ押さえてもらえたら、あとはどこまでも皆さんの持ち味で企画をたてて挑戦してほしい、そんな願いもあります。全力で思いっきり記事を書いてもらって、もし危険な要素があれば、私が判断して水際で止めます。そう考えると、編集長とは、水際にいる警備隊のような立ち位置かもしれませんね。

ーーなるほど。水際警備隊。

吉川 Webメディア記事の相次ぐ炎上で、編集部員はこれでもかと石橋を叩いている印象です。だからこそ私の編集長としての一番の仕事は「東洋経済オンラインは広くあまねく社会問題を扱うサイトだけど、我々のポリシーで扱えるのはここまでだよ、でもそこまでは思い切って行っていいんだよ、というぎりぎりの水際を都度しっかりジャッジする」ことかもしれません。でも今は、編集部員が育ってきているので、私の出番はそう多くないですよ。

煽らない。でもPVを獲得する強いタイトルを作るコツ

ーー先ほど言葉を尽くして伝えるとおっしゃいました。それが東洋経済オンラインのタイトルの品の良さや、煽らない印象に繋がっている気がします。

吉川 タイトルで記事を煽って、それに中身が伴わないと、読者を失望させてしまいます。実態に合わないタイトルをつけても、誰にとっても何もいいことがなく、デメリットだけが大きい。もしかすると、煽らないように気をつけるのは、私より編集部員の方が厳格かもしれないですね。

ーーでは、煽らずに、タイトルの強さを出すコツは何ですか?

吉川 なんだろう。多分50個くらいはあると思うんですが……。

ーー50個! 全部聞きたいくらいです。たとえば、どんなことですか。

吉川 知りたい順に知りたい言葉が並んでいる、日本語として正しい語順に並んでいることとか。

ーー正しい語順……?

当たり前といえば当たり前すぎることなのですが、たとえば主語があって動詞につながるといった基本的なこと。人の頭に入りやすい並びになっているかどうか。散文のように一度でタイトルを理解できない、単語がただ並んでいるだけだと、人はもうそのタイトルをクリックしません。

先ほどお話したように、私は前日の夜に翌日配信する記事をチェックしますが、ヒットする記事はタイトルでほぼわかります。せっかく書いた記事も、そんなささいなことで命運が分かれてしまうので、気になったときは担当者に連絡します。

ーータイトルの語順。今まで、考えたことがありませんでした。他に意識されていることはありますか?

吉川 視認性でしょうか。タイトル全体をデザインとしてとらえて、漢字、ひらがな、カタカナなどの割合をみます。わざと少し薄目で見てもわかるか、遠くから見て、街中の看板のように目の端に入ってわかるか。漢字の後に、カタカナ、数字があっても、漢字が並びすぎて混みあうことによって、読みにくくなるのは避けたい。そのために、漢字と漢字は離すなど、塩梅をみます。

ーータイトル全体がデザイン!

吉川 はい。たとえば絵を書くときは、真ん中に対象物を置くと、他の部分は薄くするなど、強弱をつけますよね。同じ感覚です。漢字が混み合いすぎると、濃すぎてタイトルの一部が真っ黒になります。逆にカタカナばかりだとスカスカに見えます。このデザインがうまくいくと、ネット空間の情報洪水の中にあっても、埋没せずくっきりと浮かび上がってきます。

ーーとても面白いです、もっと教えてください。なんだか「くれくれ星人」になっちゃっていますが(笑)。

吉川 これもよく言われていることだと思いますが、「自分ごと化」できるかどうかも大事だと思います。

ーー「自分ごと化」。でも、わかるようでわからない言葉なんです。

吉川 私は、対象との距離感がつかめて自分を投影できる接点があるかどうかだと考えています。たとえば51歳男性とタイトルに入っていれば、「私の親戚にもいる」とか「自分よりいくつ年上だ」「団塊ジュニアだな」など自分と対象との距離が決まります。35年ローンと時間軸をだせば、ローンを開始したばかりの人も、返済10年目の人でも接点が生まれます。対象との距離感が分かったときに、どこの何の話かが理解できて、読みたくなるのではないでしょうか。

タイトルの要素には、年齢や性別、職業、年収、そして時間軸などがあります。「タイトルに具体的に数字を入れたほうがいい」などと言われるのは、先ほどの視認性の問題もありますが「自分の水準とどう違うか」が客観的に測れるためだと思います。

ーーなるほど! 自分との差分が測れると「自分ごと化」できるわけですね。

吉川 たとえば私が担当してよく読まれた記事で「手が届く2500万円の家に夫婦が絶句した瞬間」がありました。まずこの2500万円の家について、手が届くと思う人、届かないと思う人がいる中で、届く人もいるのだと読者は認識します。自分と、記事の登場人物の金銭感覚の違いがわかりますよね。ただし手が届いても、絶句している状況です。それはなぜだろう。自分が想像している結末と違うのだろうか、などと読者は考えます。

ーー自分と比べられるから読みたくなる。

吉川 そうです。自分と、登場人物を比較できます。

ーーよく「共感が大事だ」と聞きますが、自分と似てなくてもいいのですね!

吉川 はい、似ていなくていいと思います。人は、簡単には共感しません。だからこそ、タイトルは読者との接点を見つけられるように、読者自身との違いがわかるような伏線をはります。私は、共感の押し売りが苦手で……。タイトルから「共感してほしい」とか「こうあるべき」が透けていると、その記事はもう読みたくなくなってしまいます。

一方で、社会的に意義があってどうしても読んでもらいたいけど、読者が警戒してしまう難しいテーマもあります。たとえば「子ども食堂」とか。

ーーそれはなぜですか?

吉川 「子ども食堂」とタイトルにくると、話の筋が見えてしまいがちなのかもしれません。「子ども食堂をサポートしないことは悪い」、「子ども食堂を理解しないあなたたちは不見識だ」など、タイトルから想像してしまいます。読者にお説教する内容ではなくても「子ども食堂」というワードを見ただけで読者は警戒して、記事を読まずに去ってしまうこともあるかもしれない。しっかり伝えたいテーマなのに、なかなか読んでもらえない難しいテーマです。

ーーそれでも記事を読んでもらいたい場合は、どう工夫するのでしょうか?

吉川 ウルトラCをかまさないといけないですよね。そのまま使うと撃沈してしまう難しいワードはタイトルに使わない。もしくは、逆張りの言葉を組み合わせて乗り越えます。

たまたま今週、2本子ども食堂についての記事が出て、両方ともよく読まれています。ひとつは「東京で『食べるに困る子』が増えている明確な根拠」というタイトル、もうひとつが、「『子ども食堂行くな』の言葉に隠された母親の本意」というタイトルです。

前者はタイトルに「子ども食堂」を入れないパターン。子ども食堂と言われると警戒してしまう人も、「食べるに困る子ども」が近くにいると言われたら、情景が浮かんで、どんな状況なんだろうとなりますよね。後者は、逆張りのパターンです。記事内では、利用したいけれど周囲の「かわいそう」といった視線が気になって利用しにくい当事者の現状について問題提起をしています。

子ども食堂は一例ですが、読んでみると興味深い話や、知っておくべき話は世の中に数多くありますが、人によって心理的に抵抗があるワードもあるでしょう。

ーーme tooとか、フェミニズムとか。

吉川 はい。それらも大事なテーマですが、真っ向勝負だとなかなか読まれません。ですから、読者の無意識の抵抗を追い払えるようにタイトルをつけます。

ーーこのようなコツは、法則化してまとめているのですか。

吉川 編集部内で話をしているうちに、だんだんとコツが言語化されてきた感じですが、マニュアルは作っていません。あ、いや、マニュアルはあるんですが、みんな読まないですよね。私もマニュアル大っ嫌いですし(笑)。

それよりは、その記事はなぜPVがのびなかったのだろう、こうした方がよかったかもしれないなど、実践した記事ごとに振り返るようにしてもらっています。その方がコツを掴みやすく、タイトルづけについても上達するのは早いと思うからです。

また、これは編集長になってからですが、毎日数多くの記事チェックをしているので、アップする前にズラッと並んだ記事タイトル一覧から、トラブルになりそうな記事の不穏な気がわかるようになってきました。そういう記事は、タイトルが浮き出て見えるような気がします。

ーー浮き出てみえる?

吉川 もちろん、物理的に浮き出てはいません(笑)。 でも、中を開いてみると何か、修正すべき点があります。タイトルは記事全体を象徴していることが大半なので。記事に主観が出すぎている、思い込みの場合がある、根拠なく不用意に人や団体を攻撃しているなどが、タイトルから透けてみえることがあります。

膨大な業務量を毎日こなすので、五感を働かせないと終わりません。そして、記事に不適切な部分があった時に、それを最後に食い止められるのは編集長です。私の後ろには、誰もいない。

記事が萎縮してしまうのは面白くないので、著者や編集者には基本的には伸び伸びとやってほしい。一方で、編集長としては、何があろうと記事内容にミスなどがないように、絶対に踏みとどまらなきゃいけないという執念がある。だから、必要に迫られてどんどん短時間でタイトルチェックできる技術が身についたのかもしれません(笑)。

限界を感じた記者時代。だから編集部員にもできることを追求してほしい 

ーー吉川さんの話を伺っていると、編集部の方を信じて任せる裁量が大きいと感じます。なぜ、編集者の良いところを伸ばしたいと思うようになったのでしょうか。

吉川 元々私自身が、逐一管理をされるのが苦手なんです。自分の裁量で最大限やりたい(笑)。そしてできないことが多いんですよね。

私は20代から紙媒体の記者を10年やっていました。社内の記者や、社外で素晴らしい書き手の方たちと出会って背中を見て、自分も同じように人の記憶に残る記事、世の中を動かすような記事を書きたいと思っていました。雪印乳業の食中毒問題や狂牛病、ゼネコンの破綻など、そのときどきの社会問題について必死に取材をして書きました。

でも、本当に突き詰める人は、もっと真実にたどりつくまでに血を吐くような思いで取材し、記事を書いている。私も記事を通して伝えたいことがあると思って、記者になり、ひととおりはできるようになったけれど、ほんとうに優れた一流の書き手の人たちに比べれば、私は人に圧倒的な感動を呼び起こすほどの強い何か、衝動のようなものを、自分の中に持っていないことに気づいたんです。

調査報道などとなると、数カ月から数年、同じテーマを追う必要があります。でも、1つの事象に対して、何カ月も何年も違う角度から幾度となく掘るような探求をひたすら好きでできるかというと、それも私の持ち味とは違った。

私は、そこそこのものを読みたいのではなく、信じられない絶景のようなものを見たいのであって、それは自分には作り出せない。

私の天職は書き手ではないかもしれない、と認識した決定的な瞬間でした。好きなことや得意なことでないと、頑張るにも限界があります。向いてないところをひたすら掘っても、誰だってそこから良さは1滴も出ない気がします。

「どうしよう。活字が好きで、それを一生の仕事にしたいと思ってきたけれど、どうやら適性がないらしい」と気づいたときは、迷子になりました。ちょうど子どもを生んで時短勤務になったタイミングとも重なり、「気合いさえあればできる体力勝負、夜討ち朝駆けすらできなくなった。私に何ができるんだろう」と悶々とした時期が続きました。

それが、Webの編集者になったときにちょっと変わったんですよね。あれ? 私、編集の仕事はまったく苦がなくいくらでも楽しくできるかもしれないって。

私がWebの編集者になった2012年は、ちょうど東洋経済オンラインの全面リニューアルの時期でした。月間30本以上、自分の責任で記事を編集して出さなければいけなかったのですが、それがとても楽しかったのです。育休をとる前に紙媒体で書いていたときは、自分の記事への手応えは、曖昧なものでした。業界の方や取材先から「良かったよ」「話題になっているよ」と声をかけられることはあっても、読者の方の感想をダイレクトに受け取ることは稀でした。でも、Webになると、どんな内容の記事にアクセス数が多いのか、コメントが多いのか、どんな反響があるのか、読者の反応が丸わかりです。

編集者になって、私は毎日違うことをやりたいと思うタイプだと認識しました。同じ活字に関わる仕事ですが、移り気な自分にWebはとてもフィットしていると感じます。

好きなことは楽しくてしょうがなくていくらでも頑張れるという経験があるので、編集部員の「好き」や「得意」を大事にしたい思いがあります。最近はタイムパフォーマンスなどとよく言われますが、人生は有限なので、できるだけやりたいこと得意なことに時間を割いたほうが全員にとって良いと感じます。だって、その人の中の「できること」の方だけに目を向けたら、全員「できる人」になるわけですから。

編集者もそうだし、書き手の方だってそう。まんべんなくできる、は要らない。どうしても人に伝えたい強い思いや、得意な技術があれば、ほかはどうにでも補い合うことができる。

どう頑張ってもできないことをほじくり出して克服させようとしても、誰の何の得にもならないですし、時間がもったいないと感じます。ほじくり出されたら、私なんてできないことだらけですよ(笑)。

そういえば、2年半前に編集長になってもらった嬉しかった言葉は、親しい他社の編集者さんからの「吉川さんが編集長になるなんて、世の中捨てたもんじゃない」でした。笑ってしまいましたが、こんな“できないだらけ”の私の無手勝流でもアリということが体現できれば、それが本望かなと思ってやってきました。

活字を愛していることが原動力。素材をいかしたコンテンツ作りをしたい 

ーー東洋経済新報社の女性記者で初めて産休・育休をとったのが吉川さんだとお聞きしました。先ほど産後に悩んだ時期もあったと伺いましたが、お子さんが産まれる前後で働き方は変わりましたか?  

吉川 はい、変わりました。記者時代、私は短時間で仕事に対応できるスキルはなく、なるべく身をあけて、長時間いつでも対応できるようにすることで他の人との差を埋めていたんです。

育休から復帰した直後、担当していた企業でトラブルがあり、急に夜、記者会見が開かれたことがありました。そのまま夜回りもして、なんとかニュースを書いたのですが、夜に突然出かけ、突発的な対応を続けていくのは今後は無理だと痛感しました。

「スケジュールを全部空けておく」ことが封じられ、これからどうキャリアを積んでいけば良いのかわからなくなってしまったわけです。今では男女問わず、産休・育休を取得する記者も増えてきましたが、当時は少なかったので、似た境遇の方を知人友人に紹介してもらい「仕事と子育ての両立はどうしていますか?」と聞いてまわりました。 

ある出版社の女性の先輩に、「子どもを生むと、自分の時間はとれないし、自分の限界まで力を出せないですよね。先輩が、それでも働き続けている理由はなんですか」と聞いたことがあるんです。するとその方が、ひとこと、こう言ったんです。「私は、活字を愛している!」と。その言葉を聞いて、ストンと納得することができました。「ああ、それでもいいのか。単に愛しているだけで良いのか」と。

私は活字を愛していて、他に愛しているものはない。だったら、この道を貫けばいい。そこからいろんな迷いがなくなりました。   

ーー働き方を変えた部分はありますか?

吉川 昔は超長時間労働でしたが、保育園のお迎えもありますし、ウェブの仕事は自分の裁量でできる部分が大きいので、夕方5時6時には会社を出て、帰るようにしました。 今は編集長なので夕方6時以降に記事のチェックがありますが、編集者時代は、日中のみの稼働で、自分の能力全てを振り向けて仕事をすると決めていました。短時間でも打率をあげるぞという気持ちが強かったですね。長時間働けなくても結果を出せば、堂々と早く帰れる。そんな思いで仕事に向き合ってきました。

ーー吉川さんにとって編集者とは、どんな仕事ですか。

吉川 光る才能がある人、どうしても届けたいものを持っている人を見つけてきて、活字などにして世に出す仕事だと思います。読者や私が潜在的に知りたいと思っていることについて、自分には到底到達できない地点まで連れて行ってくれて、絶景を見せてくれる人を探して、最大限人の心に届く形になるようにして、全力で送り出す。

 ーー先ほど「活字を愛している」とおっしゃっていましたが、今後、吉川さんが活字を通してやりたいことや、実現したい世界はどんな世界なのでしょうか? 

吉川 よくわからないこの世の中を、もっとちゃんと知りたい。描き出したいという気持ちがとても強いと感じます。

私、九州出身で、大学から東京に出てきているんですよね。当時はネットの黎明期で情報も少なく、大都会に出てきたら、もう、なにがなんだかわからないことだらけで。そのひとつひとつを、自分が腹落ちするまで確認したいという気持ちが強くありました。そして、その確認をするにあたっては、ちゃんと地に足がついた正確な情報を元に確認したい。だから、ずっと何かを確認しているんですよ。

ーーなるほど。では、今は、吉川さんのような「確認をしたい人たち」に対して情報を提供したいという気持ちでメディアに関わっている? 

吉川 そうかもしれないです。たとえば読者の方にとって「生きづらさ」があるとします。それは、その物事の仕組みや、世の中のカラクリを知らないことで起こっている生きづらさかもしれない。だとしたら、その何かをときほぐしてお伝えすることで、その方の心持ちや状況や人生が変わるかもしれない。

そのときに、その情報が不正確だと意味がないので、できるだけ誠実に調べた事実や数字をもとにして正確にお伝えしたい。わからないことを確かめて、納得した情報を読者に知ってもらいたくて編集の仕事をしているのかもしれませんね。

そして、私自身も、世の中の仕組みのその先の先の、何だかよくわからないものを見たいと常々思っています。でも、その景色は自分一人の力では見ることができない。だから、見たことのない景色が見られる場所まで連れて行ってくれる著者さんや編集部員と一緒にいられるこの場所が、本当にありがたいなと思っているんです。

ーーじゃあ、吉川さんが死ぬときには、「私、いっぱい見たわー!満足したわー」と言って死にたい?

吉川 はは、そうですね(笑)。死ぬときに、「いっぱい納得した!」って思えたら幸せだと思う。そうか、私、納得したくてこの仕事をしているのかも。

ありがたいことに、まだまだわからないこと、知らないことだらけですから。だから、これはきっとずっと終わらない道ですね。(了)

吉川明日香(よしかわ・あすか)早稲田大学商学部卒業後、2001年に東洋経済新報社に入社。記者として食品、建設、精密機械、電子部品、通信業界などを取材し、『週刊東洋経済』や『会社四季報』等に執筆。2度の産休・育休を経て復帰。2012年秋の東洋経済オンラインリニューアルより、同編集部。2016年4月から東洋経済オンライン副編集長、2020年10月から2023年3月まで東洋経済オンライン編集長。

撮影/深山 徳幸
執筆/荒木 千衣
編集/佐藤 友美

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