
青春まっただなか【さとゆみの今日もコレカラ/第 199 回】
「こんな大人になりたい」
そう思うひとつの姿に『ちはやふる』の原田先生がある。安西先生も素敵だけれど、原田先生も最高だ。
かつて天才的な “耳” を持って競技カルタで活躍していた原田先生はしかし、選手としてのピーク時に仕事の都合で転勤することになり、気づけばその武器を失っていた。
原田先生はその後、子どもたちにカルタを教えることに意義を見出し、自身も競技生活を続ける。えげつなく勝負にこだわり、名人戦に挑むチケットを獲得するために、教え子たちにシフトを組ませ自分の練習相手をさせる。同門同士の勝負になると先輩が棄権することも多いカルタ業界において「まだ上手くなれるチャンスがあるなら、一試合たりとも無駄にしたくない」と、闘志むき出しで若者たちに挑む。
安西先生の「諦めたら、そこで試合終了だよ」が漫画界に君臨する東の横綱だとしたら、原田先生の「青春ぜんぶ懸けたって強くなれない? まつげくん、懸けてから言いなさい」は西の横綱である。(書いてて思ったが、どちらも関東の話だった)。
原田先生の何が素敵かって、後陣を育てようとしながらも、自身が現役であることに露骨にしがみつくところである。才能ある若い人たちから躊躇なくそのエキスをちゅうゅう吸い、還暦を目前に教え子に真剣勝負を挑む姿は、こうでありたいと思う私の理想の大人の姿だ。
✳︎
昨日、ひとまわり年下の、私が日本の宝だと思っているライターさんと、原稿を真ん中にして2時間も意見交換をしていた。原稿のチェックが完了したあとに、お互い1、2行、ちょっとだけ気になる部分があって、その何文字かをどう修正するのがよいかについて、ずっと話をしていた。
すごいな、そんなふうに前後を見渡して言葉を決めるのかとか、いくつもの同義語からそうやって言葉を選びとるのかとか、それはそれはもう、めくるめく時間だった。
以前は、才能のある人のそばに近づくのが怖かった。自分のできなさ加減に絶望したらどうしよう。この仕事を諦めたくなったらどうしようと思ったからだ。
でも今は、チャンスがあるならいつでも、圧倒的な才能のそばにいきたい。いちいち絶望するほど残り時間は多くないし、そんなことで落ち込む暇あったら書く時間を増やして(もしくは濃くして)、もっと上手くなりたい。
若く才能あり努力も怠らないその人の、脳の動きを2時間トレースさせてもらったことで、なるほどこうやって考えていけばいいのか、この粒度で言葉を見るのか、と気づくことがあった。ああ私また上手くなるなあと思った。
原田先生の歳になるまで、まだ 10 年もある。
48 歳。青春だいぶ懸けてるまっただなか。
【この記事をおすすめ】
当時の私と彼らに問いたいのは「その嫉妬は誰のものなのか?」ということ。


