
「仕事がお前を救ってくれる」【さとゆみの今日もコレカラ/第 263 回】
寝不足である。 寝不足ではあるが、みなぎっている。
昨日は鈴木三枝子さんの命日だった。17 回忌だと聞いた。あれからそんなに経つのかと驚く。
朝の 10 時に泉岳寺にお参りにいったら、すでにお墓はお花でいっぱいだった。まだ灰にはなっていない線香の残り分量を見ると、少し前まで誰かがお参りしていたようだ。鈴木さんの好きなデカビタ C が置かれていた。
鈴木三枝子さんは、日本を代表する女性美容師だった。47 歳のときにスキルス胃がんを告知され、49 歳で逝った。鈴木さんについてのノンフィクションを書かせてほしいと、MINX の代表でもあり鈴木さんのご主人でもあった高橋マサトモさんにご相談したのは、7回忌のあとだった。
いつお墓にいってもお花が絶えない。亡くなって何年経ってもみなが鈴木さんの話をする。
あるとき突然思い立ってお参りにいったとき、花の用意がなかった私はお寺の前のお花屋さんに入った。そこで鈴木さんがお好きだったカラーの花を探したら、「あなたも鈴木三枝子さんのお参り?」と聞かれた。そして、「ねえ、鈴木三枝子さんてどんな方なの。私、長年ここで花屋をやっているけれど、あんなにひっきりなしに人がくるお墓、初めてよ。美容師だって聞いたけれど、一体、何をされた方なの?」と質問された。
わたしも、それ、知りたい。
亡くなってもう7年も経つのに。ひっきりなしにお墓参りに来る人が絶えない鈴木さんってどんな人だったのだろう。いやそもそも、私はなぜ、鈴木さんのお墓に何度も来ているのだろう。
その人のことを思い出す人がいるうちは、その人は死なないと言われる。そう考えると、鈴木さんは亡くなってからもずっと生きている。俄然生きている。私にとって、鈴木三枝子さんは、死んでもなお生き続ける人の象徴のようだった。
鈴木さんの人生を辿るにあたって、191 人に取材をさせてもらった。
「辛いときほど仕事を休むな。仕事がお前を救ってくれる」
「服は自分のために着るな。お客さまのために着ろ」
「身の丈にあった生活をしていたら、身の丈だけの人生にしかならないでしょ」
「お前ができるかどうかは私が決める。自分で自分の器の大きさを決めるな」
「もし人間が平等であるとしたら、それは不平等になる機会を平等に持っているだけだ。自分の働きかけ次第で相手の態度は変わって当然だ」
「知っててやらないのと、知らずにやれないのは違う」
「仕事は一発で決めろ」
誰もが、鈴木さんに言われた大事な言葉を抱きしめて生きていた。書籍のタ イトルは『道を継ぐ』とした。鈴木さんのことを書いてきたつもりだったけれど、気づけばその本は、道を継ぐ人たちの物語になっていた。
私はいま、48 歳。鈴木さんが亡くなった歳まで、あと1年。
今、この本を読み返すと、鈴木さんに「おい、ちゃんと命を燃やしているか?」と聞かれそうで、それにまっすぐ「はい」と答えることができるか不安だった。でも、久しぶりに本を開くと最後まで止められず、一気に読了してしまった。 当時いただいた感想で一番多かったのが、「4回泣きました」だったけれど、私もたしかに4回泣いた気がする。
「私のための本だと思いました」という感想もたくさんいただいた。そして、今回思ったのは「私は、この本をいつか自分で読み返すために、いつでも読み返せるようにするために、書いたのかもしれないなあ」と思った。
鈴木さんの言葉を思い出す。
「仕事がお前を救ってくれる」
10 年近く前に、この方の人生を書きたいと思った過去の自分の仕事に。いま。喝を入れられているような。鼓舞してもらえているような。そんな、寝不足の朝。
寝不足ではあるが、みなぎっている。

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【この記事をおすすめ】
『無人島のふたり』を読んでいたら、初めて死ぬのが怖いと感じた。


