
手術の準備と取材の準備【さとゆみの今日もコレカラ/第 273 回】
先日、世界的に有名な外科医の先生に、手術の話を聞いた。もっとも大事なのは準備であり、次に丁寧さだという。
先生いわく、型が決まっている手術は、一手目から百手目まで毎回同じ道を通るのだという。そういう手術は目をつぶっていてもミスしないほど洗練されていくそうだ。
準備が必要なのは、難しい手術のとき。この場合は、麻酔量のコントロールから、器械出しの順番まで、すべて自分が把握している必要がある。ここが難しければこのルートを、といくつかの選択肢も脳内シミュレーションする。スタッフに準備をまかせて自分は執刀するだけ、ではうまくいかないとおっしゃっていた。
聞けばこの日も 10 時間の難しい手術を終えてきたとのこと。
しばらく手術の話を聞いていたら、先生に「ライターはどうなんですか?」と質問された。取材に最も重要なことは? と聞かれたので、やはり準備ですねと答える。
原稿がうまくいくかどうかの9割は取材にかかっているし、取材がうまくいくかどうかの9割は準備にかかっている。私たちは日本語を日本語に翻訳する翻訳家なので、あるいは調理人なので、素材が採れていなければどんなに書く技術があってもいい料理は作れません。
そう私が言うと、「じゃあ、取材に行く前に、ある程度原稿が書けちゃうものですか?」と聞かれたので、ん? どういうこと? と聞き返すと、「医者は、手術記録を手術より先に書くのが良いと言われることもあるくらいなんです」とおっしゃる。なるほど。術前に記録が書けるほど鮮明に手術をイメージできるのがベストであり、手術記録どおり事故なくトラブルなく手術を終えられることがベストなのか。
同じ準備といっても、取材の準備とは全く逆だ。
取材の場合、予定どおりの話を聞けただけでは、大失敗である。なぜなら、新しい話が聞けなかったということだからだ。それでは私が取材にいく意味がない。
これまで一度も話していなかったこと、忘れていたこと、いま初めて考えたことを引き出すために、取材の準備をする。準備をしていなければ、その人が話した内容がレアなのかいつも話していることなのかわからないから。
言うなれば、取材相手に、今まで出会ったことのない事故にあってもらうために準備をするようなものである。
同じ準備でも、方向性が真逆ですねえなんて話をした。こういう話、楽しい。
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「若手の医師に将来どうなりたいのか聞くと、手術が上手くなりたいと答える医師が多いんです」と話をはじめた。もちろん技術も大事なのだけれど、本 当に大事なのは「その技術を持って、自分は何がしたいのか明確にあること」だと言う。


