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3つの人生プラン【さとゆみの今日もコレカラ/第 254 回】

先日受けた人生設計のワークショップ(朝の 10 時から夕方 17 時まで 11 万円也)の中で、なるほどこういう考え方をすればいいのかと思ったのが、3つのライフプランを考えるワークだった。

・まず、自分が今思い描いているこの先5年間のライフプランAを書き出す。

・次に、今やっている仕事(会社)がなくなったとしたらと仮定したときに思いつく5年間のライフプランBを書き出す。

・最後に、お金にも時間にも何の制約もなかったらこうしてみたいと思う、最もワイルドな5年間のライフプランCを書き出す。

そして、そこで書き出したライフプランを、参加者同士で発表しあい、フィードバックをもらう。

このワークの良いところその①は、「思い描いた人生設計がうまくいかなくても、全然問題ないんだ」と思えるところ。自分がこれをやりたいと思うと、どうしてもそれ以外の選択肢は排除することになっていく。そして1つのプランに注力することになる。でも、強制的にプランA以外を考えさせられると、あ、Aがダメだったとしても私の人生終わるわけじゃないんだな、と思えた。

そして、こっちのほうがより私にとっては重要だったのだけれど、このワークの良いところその②は、自分の視野がどれだけ狭いかに気付かされることだ。

というのも、「ライフプランCって、やり方次第ではできるんじゃない?」と言ったり言われたりした人が多かったのである。自分ではムーンショットを飛ばしているようでも、人から見ると意外と実現可能な人生に見えるのだと知り驚く。私の場合は「さとゆみさん、AとBとC、全部同時並行でできそうですけれど」と言われた。えっ? と思って、それぞれを見直すと、確かにその通りかもしれない。

自分ではものすごくチャレンジングだと思っていることも、それを経験したことがある人からすると「これ、わりとすぐにできるんですよ」とか「こういう団体知っています?  すぐに紹介できますよ」となる。

自分の常識は他人の非常識。

自分の非常識が他人の常識。

たった1日、(それまでは)見ず知らずのいろんな人と話をしただけで、いくつもの「目」をもらった。

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そうだよね。ずっと予感はあったから驚かないよ。

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