
○○さんのお勧めだから【さとゆみの今日もコレカラ/第 325 回】
先日編集者のりり子さんが「SNSで本を売る(宣伝する)方法」的なことについて聞かれていた。
「それに関しては、解が見えつつある」と言ったりり子さんは、「当たり前すぎるほど当たり前なのだけれど、『この人がおすすめするものは信頼できる』と思われる人になること」と答えていた。
いや、これ本当にそのとおりだと思う。
私が基本的に献本をお断りしているのも同じ理由で、自分で読みたいと思った本を自分で買って面白かったらおすすめして、そうじゃなかったらおすすめしないという欲求に従いたいからだ。誰かに頼まれて書評やドラマ評を書くことはない。原稿料よりも自分で書いたものを自分でを信じられることのほうが、断然だいじ。
私の好みが読者の人たちと合わなかったときはごめんなさい。だけど、良いと思わないものをお勧めするようなことはしない。もちろん、「書くこと=おすすめ」ではない。面白くないと感じた理由を書くこともひとつのレビューだから、そういう書き方をするときもある。
✳︎
昨日、メディアで話題になっているある映画を観に行きたいと思って友人を誘った。
うち2人は「お、気になってた! いく!」と即答。うち2人は「今日は無理だけど、近々観に行こうと思っている」という解答。
で、もう1人は「ああ、その映画、○○さんが推してたから、観る気を失ったんだよね」とある書き手の名前をあげていた。私がミュートしている数少ない書き手だ。
うわあああああ、こういう機会損失もあるのかと思った。
「さとゆみが勧めていたから読んで(観て)みようかな」もあるけれど、「さとゆみが勧めていたから読みたく(観たく)なくなった」もあるわけだ。いや、あるよな。うん。そりゃあ、あるよね。
みんなに好かれたいとは全然思わないけれど、あの人の書くものはある程度信用できる(それはセンスがあるという意味ではなく、嘘がないという意味で)ことは、生命線だなあと思ったのでした。じゃないと、お勧めするほど推しに迷惑をかけることになる。
映画は、びっくりするほどつまらなかった。だけど、つまらなく感じた理由を3人でいろいろ話せたから、とても面白い夜だった。わりと映画の方にはあまり責任がないのではと思うタイプのつまらなさだった。そして、今後は○○さんの投稿のミュートを解除して、ちゃんと参考にしようと思ったよ。


