
ZARAのブラックスーツと初めての美容院【さとゆみの今日もコレカラ/第 336 回】
京都のシェアラウンジの近くに、ZARAがある。この1週間、毎朝そのZARAを横目で見ながら出勤していた。そして毎朝、ある親子のことを思い出していた。
2019年の年末のことだ。
20代向けに開かれたあるヘアイベントの会場に、あきらかに一人年齢が上の女性が参加されていた。受験生かなというくらいの熱心さで、私の話にメモをとっている。その姿には、ひとことも書きもらさないぞという迫力があった。
イベント終了後、サイン会の列に並んでくれたその方は、「娘の成人式の髪型について相談に乗ってほしいのですが」とおっしゃった。名刺をお渡ししたら、後日、長いメールが届いた。
その方は、お嬢さまを女手ひとつで育ててきたそうだ。
彼女が生まれる前からシングルマザーであったこと、
お嬢さまはいま、医大生であること、奨学金をもらい寮で生活していること、
節約に節約を重ねてきたため、髪はずっとお風呂場でお母様が切ってあげてきたこと、
昭和のおかっぱと、友達からからかわれることもあったこと……。
メールには二人のこれまでが記されていた。
そんなお嬢さまが、今回成人式を前にして、生まれてはじめて美容院に予約を入れたのだという。寮生活の娘に、さとゆみさんのワーク内容を伝えたら大喜びで、いま、なりたい自分の3つのキーワードを探している最中ですと、書かれている。
メールには、成人式に着る予定だというZARAのパンツスーツを着たお嬢様の写真が添付されていた。多分、お風呂場で撮影された写真だろう。楽しくて仕方ないといった大きな笑顔で、だけど背筋はすっと伸びていた。母娘二人で支え合い、まっすぐに生きてらっしゃったんだなあと想像できた。
20歳で初めて行く美容院。何をお伝えすればよいだろう。
私は、原稿を書くとき以上に時間をかけ、じっくり考えて返信をした。
まずは、成人のお祝いの言葉。そして、写真を拝見したことと、どんなアレンジも似合いそうだということ。私がアドバイスするのもいいのだけれど、お二人でああでもない、こうでもないと写真を見ながら選ぶこと自体が楽しいだろうから、その楽しみを奪ってしまうのはもったいないと思うこと。せっかくだから、お嬢様に選んでもらいたい。そのとき、どんな検索ワードで検索すればいいかをお伝えし、事前に美容師さんと打ち合わせするといいですよとお伝えした。
そして、お母様にとっても、お嬢様にとっても、忘れられない一日になりますようにと書いて送った。
あれから5年たつ。
医学部に通っていた彼女も、もう試験を経て働いているだろう。この5年の間にはコロナもあった。医療従事者にとっては、もっとも過酷な数年間だっただろう。何科に勤務しているのかなあ、などと思う。
秋冬仕様に衣替えしたZARAで、ディスプレイのブラックスーツを見ると、なんだか私まですくっと背筋がのびる。私たちの仕事は、20歳で初めて美容院に行く女性にも、それをずっと楽しみにしていたお母様にも、何かを手渡せるかもしれない仕事なのだと、思う。
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【この記事をおすすめ】
美容師を生き物にたとえると、たぶん500種はいると思います。とぎすまされたカリスマタイプから、保健室の優しい先生タイプまで多種多様です。


