
消えた6万円【さとゆみの今日もコレカラ/第464回】
出張先のホテルでデンタルフロスしてたら、歯が欠けた。
もう、嫌になっちゃう。
フロスを引き抜いた瞬間、カリンという音を立てて何かが落ちたと思ったら、歯のかけらだった。
スリランカで抜け作になってから4ヶ月。今度は下の歯である。「ブルータス、お前もか」の気分である。
欠けた部分は痛くも痒くもない。先月、歯のクリーニングに行ったばかりである。虫歯はないはずだ。なのになぜ欠ける?
「歯の弱さは遺伝だよ」と母に言われたことを思い出しながら、欠けたその歯を化粧ポーチにしまい、あああ、東京戻ったらまた歯医者かあと思って憂鬱になった。こういうとき、私は、生きていくのが嫌になる。
帰京してすぐに歯医者の予約を入れた。生の歯をそのまま持っていくわけにもいかないから、小さなジップロックのようなものに入れる。欠けた歯を見せても仕方ないだろうけれど、一応持っていこう。
そう思って一晩寝て起きたら、歯が消えていた。あれ、どこに置いたかな? 私またポーチに入れたんだっけ? 洗面台? といろいろ探すも、出てこない。予約の時間になってしまうので、その日は諦めて歯医者に行った。どうせ、一度欠けた歯がくっつくわけでもなし。ま、いっか、の気分だった。
の、だが。
歯医者で、過去のレントゲン写真を見て知った。なんと欠けたのは歯ではなく、以前虫歯を治療した時にセットした詰め物だったらしい。
「人から見える場所だから、銀歯にするわけにいかないよねえ。ジルコニアで前と同じものを作って入れるとしたら、ええと、6万円になります」と言われて、ぐえっとなった。
ろくまんえん!
あの、ジップロックの中身が、ろくまんえん!!
当然、私は尋ねる。
「先生、この詰め物、家にあります。それをもう一度入れてもらうことはできますか?」
先生は、
「ああ、やってみないとなんともだけど、ちゃんと保管されてたならイケるかも」
と、おっしゃった。
家に戻って私は6万円を探した。もはや、家宅捜査のレベルで探した。ジップロックに入れたところまでは覚えているのだ。こんな小さなもの、無くしそうだなと思ったことも覚えている。だがしかし、それをどこに置いたかが思い出せない。次の歯医者の予約まで48時間しか残されていない。私は仕事の休憩時間のたびに6万円を探した。見つからない。もはや仕事している場合じゃないかもしれない。原稿を書くよりも歯を見つけるほうが生産性が高い、とも思った。
あんまり熱心に探したからか、知恵熱が出て歯医者の予約を3日延ばしてもらった。その最後のタイムリミットも、今日の朝10時である。
この連載をアップしたら再び探すけれど、きっともう見つからないだろう。さよなら、私の6万円。
そして、6万円が見つからなかったこと以上に、きっと落ち込むであろう日のことも想像できる。そのジップロックは、きっとふとした瞬間に出てくるだろうからだ。
そしてその時はすでに、そのジップロックの中身に6万円の価値はない。悲しすぎね?
オチはない。
教訓があるとしたら、欠けた歯は、歯医者に行くまで大切に保管すべし、である。
いやしかしそういえば、スリランカで抜作になった時も、欠けた前歯をちゃんと日本まで持ち帰ったから、差し歯ができるまでの間、それを再セットして過ごせたのだった。
あの日も私、欠けた歯は、歯医者に行くまで大切に保管すべし、と思ったはずだったのに。
ゆみの、ばか!
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