
まずは自分の道を【さとゆみの今日もコレカラ/第497回】
ちょうど10年前の今日。
2015年の3月11日に発売になった書籍の著者、『社会のために働く』の著者、社会起業家の藤沢烈さんも、そのバイト仲間(?)一人だ。
烈は、東日本大震災における民間企業の支援をとりまとめ、行政との橋渡しをしていた。
Google、キリン、ヤフー、UBS……などの企業が、CSR(社会貢献)ではなくCSV(本業)として、どのように震災に関わったのか。それをまとめた本を、ライターとしてお手伝いした。民間企業だけではなく、釜石市や女川町、そして当時復興大臣だった小泉進次郎氏の話も聞いてまとめた。
烈はその後、震災復興コーディネーターとして各地の被災地に入り、今は能登半島地震や豪雨で被災した人たちに支援をつなぐ「能登官民連携復興センター」のセンター長をしている。
東日本大震災から数年経って、烈の本をお手伝いしたときは、「ああ、今だったのだ」と思った感覚があった。
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あの3月11日、私のお腹の中には32週になる赤ちゃんがいた。当時私は、切迫早産の入院から家に戻ってきたばかりだった。
毎日の点滴からは解放されたものの、絶対安静で外出禁止。トイレはいいけどお風呂はダメといわれ、毎日ベッドの上で原稿を書いていたときだった。
どんっと揺れたとき、身体が動かなかった。
テーブルの下で前かがみになるだけでも、お腹が痛む。もし家が崩れそうになったら、歩くことはできるだろうか。逃げることはできるだろうか。身重の動物の弱さに呆然とした。この時のことは、今でもよく、夢に見る。
幸い、怪我はなかったし、家に被害もなかった。お腹の子も大丈夫だった。
けれども、テレビをつけたら、世の中は大変なことになっていた。
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次の日から、私のケータイは鳴りっぱなしだった。そのどれもが、全国の美容師さんからのものだった。
当時ヘアライターとして仕事をしていた私のもとに
「東北の美容師さんを支援する団体を作った。会合にでられる?」
「全国の美容院で募金活動をスタートする。リリース打つのを手伝ってくれる?」
「大阪の○○さんとつないでほしい。東西の美容師が連携して支援にあたりたい」
「東北にシャンプーができる機械を運んで、シャンプーボランティアをしようと思う。一緒にいかない?」
……etc.
ああ、身重じゃなければ、絶対安静じゃなければ。もっと手伝いたいのに。被災地にも行きたいのに。今の私には、ベッドの上でできることしか、手伝えない。
それが、歯痒かった。
その頃、まだ黎明期だったTwitterで、ある女性社長が被災地に支援物資を送ろうと呼びかけているのを知った。
集まった支援物資は、10トンのお米、1万人分お米がたける炊飯器、数千人分のおにぎり、3000枚の毛布に、2000枚の下着……。
日本全国から続々物資が集められている場所は、当時私が住んでいた家のすぐ近くだった。
彼女を心から尊敬する一方で、何もできない自分に対する歯がゆさも募っていく。体さえ動けば、近所にあるはずの拠点で仕分けのボランティアをしたいのに……。
そんな忸怩たる思いを抱いたのは私だけじゃないようだった。ある女子高校生が、彼女にTwitterで、その社長にこんな質問をしていた。
「高校生の自分に何が出来るのかが思いつかない」
それに対しての、彼女の答えはこうだった。
「まずは自分の道を。わたしはこうして出来るようになるまで30年かかったよ」
短いやりとりだったけれど、私はいまでも、この投稿を一字一句はっきりと覚えている。
この言葉に、救われたからだ。
私が、どこかで誰かのお役に立てるのは、今じゃない。今じゃなくても、いい。今はとにかく、このお腹の子が元気に生まれてくることに集中しよう。そして、これから先も「自分の道」を一歩ずつまじめに歩いていこう。
そうした先に、10年後か、20年後か。力をたくわえた自分が、どこかで誰かを笑顔にできるかもしれないし、誰かの役に立てるかもしれない。
そう思ったのだ。
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烈の本をお手伝いしたとき、数年遅れではあったけれど、私にできることがちょっと増えていることに気づいた。
あの日、支援物資を仕分けしたり届けたりすることはできなかったけれど、今、わたしは文章を書くことができる。
その本が出版されてから、また10年が経った。
明後日、私はCORECOLORの仲間と再び、能登に入る。
10年分、書く道をコツコツと歩いてきた私にできることが増えていたらいいなと思う。私一人でもなく、仲間と一緒にできることが増えていたらいいなと思う。
「まずは自分の道を。わたしはこうして出来るようになるまで30年かかったよ」
3月11日に、毎年思い出す言葉。
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被災地では大変な話もたくさん聞くと思います。でも、能登の復興に関わると何か自分の人生にとっても意味があるかもなあ、というようなことを感じてもらえたらうれしいです。


