
生活を小さくする練習【今日もコレカラ/第641回】
京都に移動してきて10日目。息子が合流してきて6日目。
こちらでの生活はとてもコンパクトだ。
まず、お洋服を数着しか持ってきてないから、つど、洗濯機をまわす。
東京では何かと多い外食の約束もないから、朝晩しっかりご飯を食べる。
食器が最低限しかないから、つど、洗って片付ける。
お風呂が小さいから、お湯がすぐたまる。
モノが少ないから、掃除が楽だ。
生活を小さくしていく準備をしているようだ。
昨日は終日取材dayだった。
今年、1本だけお引き受けした書籍の仕事で、朝の10時から夜の20時半まで。
早朝の新幹線で東京に向かった。
普段は2時間×5回とか、3時間×4回とかで本をつくるのだけれど、今回は、2度ほどそれをしたあとに、合宿のように一気に根をつめて取材しましょうとなった。
この数日はずっと、取材のための下調べをしてきた。
終わったとき、著者さんも「さすがに話しすぎてのどが痛い」と笑っていたし、私ももう脳がフルフルで倒れそうだった。けれどもとても刺激的だった。
お疲れ様の食事を終える直前、著者さんがぽろっと、なぜこの仕事を頑張れているのかを話してくださった。
著者さんも私もハイボール7杯目くらいで、私はもうだいぶ酔っていたけれど、この話を聞いたときにピカンと閃光が走ったような気がした。
京都に戻る新幹線の中で一気に「はじめに」を書いた。
熱にうかされたように書いた原稿なので、粗々だ。実際には書籍には使えないかもしれない。
だけど、この瞬間の熱のようなものを書き留めておかなきゃ。この興奮だけは、リアルタイムで残しておかなきゃと思って書いた。
ちょっと涙ぐみながら書いていたと思う。
分厚い本になる予定だ。ここから15万字なのか、20万字なのかを半年かけて書くことになるだろう。
そのとき、多分、昨夜興奮しながら書いた1200字の文章が、私の心のガイドになると思う。
生活を小さくしてよかったと思うのはこういうときだ。
ものを増やさない。
人に会いすぎない。
仕事を受けすぎない。
ひとつひとつを大切にできる。
そうやって小さく、濃く、深く。
残りの人生、粘性の高い時間を、生きていきたい。
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