
ずるくない人、ずるくない文章【今日もコレカラ/第659回】
昨夜は大好きな堀香織さんとのトークイベント、大好きな塚田智恵美さんのツッコミで、はっちゃけた夜でした。
私は昨夜、堀さんの文章のことをヘルシーという言葉をつかって表現したのですが、これが言ったそばからなんというかしっくりきてなくて、トーク中も、脳の片隅で気になっていた。いや、ヘルシーはヘルシーだけど全然色っぽいし、健康的というよりは健全な精神という感じだなあ。でも、もっとしっくりくる言葉があるはずなんだけど、と。
堀さんと別れたあとも、じゃあ、何だろうと考えていたのだけれど、一晩寝て、さっきチャーハン食べているときに、ああ、とわかった。
堀さんには、ずるいところがないんだ!
そして、堀さんの文章にもずるいところがない。
たくらみがない、と言ってもいいのかもしれない。
もちろん、文章の技術的な「たくらみ」はいっぱいあるけれど、自分をどう見せたいという「たくらみ」がない。
腹が黒くないわけです。
これにハタと気づいたのは、堀さんがトークイベントのときに、「自分だけ(清廉潔白な)安全な場所から、両親のことを書くわけにいかないと思った。だから自分のこともちゃんと書いた」と言ってらしたのを思い出したからだ。
堀さんは、自分に対しても人に対しても、とてもフェアな人だと思う。
人の足を引っ張ったり、嫉妬したりしない。
そして、自分をずるい方向に盛ったりしない。
だからみんな堀さんと堀さんの文章が好きなんだなあとか、思ったよ。
一方、私は、放っておくとすぐにずるいことを考える。
相当注意していないと、すぐに調子にのってずるしちゃう人間なのだ。文章だって、ずるをしようと思ったら、どこまでもラクができてしまう。
だから、書くときだけはいろいろ気をつけて書いているし、自分に「これはしちゃダメ」と決めたルールがある。
そんな違いもあるなあと思ったのでした。
堀さん、ちえみ、そしてきてくださったみなさん、本当にありがとうございました。
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これ、すごく厄介ですよねえ、という話をこれからします。


