
ナチュラルボーンライター【さとゆみの今日もコレカラ/第 255 回】
もうすぐ大崎に到着する夜行バスの中で書いている。昨日突然思い立って、ライターの堀香織さんが始めた京都の日本酒サロン「粋 sui」に行ってきた。今はその帰り道である。
堀さんは、雑誌 SWITCH の編集者でありライターでもあった人で、独立してからも、Cocco さんや是枝裕和監督、小山薫堂さんなどから絶大な信頼を寄せられている書き手である。
私が出会ったときは、堀さんはまだ鎌倉に住んでいた。
コロナ禍に『書く仕事がしたい』を京都の古民家エアビーで書いていた時のこと。一人でお籠もり執筆するには広くてもったいないから遊びに来ない?と聞いたら、鎌倉から原稿を抱えて来てくれた。
滞在中、私は1階で、堀さんは2階で原稿を書いた。ときどき小さな歌声のようなものが聞こえてくる。堀さん、歌っているのかなと思ったら、原稿を音読していた。この人の音楽のような原稿は、こうやってできているのかと思った。
学生時代は油絵をやっていたという。デザイン科に行きたかったけれど、先生にお前は1センチ角をはみ出さずに塗れるタイプではない。やるなら油絵か彫刻。足して削るをくり返すほうが向いていると言われたそうだ。
堀さんは原稿をたくさん書く。いろんな仕事を受注するという意味ではなく、文字通り、文字数よりも多く書く。3000 字の原稿でも、まずは書きたいと思ったパートをいくつも書く。書いているうちに構成が見えてくる。構成ができたら、使わないパートを削る。
初めてこの話を聞いた時、すごく非効率だなと思った。時間もかかるし、捨てる文章が多くなる。だけど、堀さんが油絵をやっていたと聞いて合点がいった。近づいて精密に描き、引きで見て全体を確かめる。文章も同じように書いているのだろう。使わないかもしれない原稿をたくさん書くのだから、本当に書くことが好きなのだと思う。ナチュラルボーンライターだ。書かずにおけない人である。
堀さんは、書きたいことがあったらすぐに書く。SNS で無料で公開するような話じゃない。ちゃんと値段をつけて読んでもらった方がいい、媒体に持ち込んで掲載してもらった方がいいと何度も伝えたけれど、堀さんは書くのを待てない。いま書かないと消えていく気持ちを、押し止められなくて書くのだろう。私の何倍もの強度で、「書く」と「生きる」がくっついてしまっている人なのだと思う。
京都で執筆合宿をした1年後、堀さんは京都に移住した。
そしてさらに数年後、日本酒サロンをオープンした。
昨夜、店にはいろんな人が入れ替わり立ち替わりやってきていた。この日は編集者さんとライターさんが多かった。堀さんが、次々と客同士を繋いでくれるから、楽しく飲みながらの交流会みたいな感じだ。そうか。ここは、日本酒バーではなく、日本酒サロンであると思い出す。
台形に近い五角形の大きなテーブル。座る場所を規定しない空間で、みんな好き好きに席を移動する。
店全体が、しっとりとしている。そしてちょうどよく親密な感じがする。こだわり抜かれている食器や調理道具。おしゃれだけれど、よそよそしくない。温度も湿度もある堀さんの文章みたいだ。
以前、店の空気は店主がつくると堀さんから聞いていたけれど、こういうことか。
面倒見は良いけどおせっかいはしない。
情に熱くてすぐ泣くけれど、ひとしきり泣いたらまた笑う。
そんな堀さんの人柄がそのままお店の空気になっている。
新しい発見がある。人と人がつながる。
堀さんが今までやってきたことの延長線上にこのお店がある、と思った。
堀さんからもらった名刺には、「店主/文筆家」と書かれている。堀さん、新しい道を踏み出されたのだなと、思わずその厚みのある名刺をなでなでしてしまった。
最高に気持ちよかったです。常連になろうと思います。
ライターの皆さん、京都に行ったら是非、仁王門通りの「粋 sui」に行ってみてね。きっと素敵な出会いがあると思います。ほかにお客さんがいなくて一人きりならもっとラッキー。堀さんを独り占めしていろんな話を聞いてみてください。
追伸
堀さんと神山執筆合宿したメンバーで送ったグリーンは、非常に猛々しく茂って空間を占拠しておりました笑。

【この記事をおすすめ】
箱に入るものを探すのではなく、まず見て聞いて、観察し、一度混沌の中に潜る。結果、書き出したものや考えてみたもののすべてを文章に使うわけではないだろうから、効率的な書き方とは言えないけれど。


