検索
SHARE

負け慣れている、という強さ【今日もコレカラ/第777回】

土曜日からずっと考えていることがあって。

宣伝会議さんの「編集・ライター養成講座」で話をさせていただいたときに「どうして、そんなふうに頑張れる(努力できる/自分に投資できる/自分を信用できる)のですか?」という質問をもらったんですよね。

私がやってきたことひとつひとつはそんなに特別なことじゃないけれど、どうしてそれをやろうと決断できたのか? みたいな感じの質問だった。

これ、実は、『書く仕事がしたい』を書いたときに、編集者のりり子さんにも言われたことだった。
「ここに書かれていることは、やろうと思えば全部真似できることばかりだけれど、唯一、これをやろうと思うさとゆみの心持ちだけは真似できないかもしれない。それはさとゆみの自己信頼の高さに由来していると思う」
みたいなことだった。

そのときも、うーん、そうなのか、と思った。

たしかに私、自分のことを信頼している気がする。
まあまあ忙しいときも、全然稼げないときも「まあ、そのうち私がなんとかしてくれるでしょう」と思っている。
いつかうまくいくだろうって思っているから、努力(投資)をして無駄になると思ったことがないかもしれない。

どうして私、そんなに自分を信用しているのかなあと考えて、ひとつ思い当たったことがある。
「そうだ私、負け慣れてるんだ」ってこと。

私、小さいときから軟式テニス(いまはソフトテニスと呼ばれている)をやってきたのだけれど、これがまあほんと、面白いくらいに、ずっと負け続けてきた。100戦100敗くらい。

そしてわかったことが
「努力したって負けるときは負ける」
「全国優勝する人以外は全員負ける」
「負けても死ぬわけじゃない」
ってことだ。

で、「負けたら、それまでのいろいろが全部ゼロになるか」といったら、全然そんなことはないってことも、学生時代に知った。
結果だけ見たら負けだけれど、負けるまでの過程にものすごくたくさんのものを得ているから、すでに元は取れている。
甲子園球児のみなさんだって、優勝校以外の全員が「負けたから、3年間の努力は全部無駄だった」なんて、たぶん思っていないよね。

逆に言うと、負けても元が取れるものに対して努力(投資)をすればいいのかもしれない。

ライターになりたい、ライターで稼ぎたいと思うチャレンジは、もし失敗したとしてもそこまでの過程がだいぶ楽しいから、それだけでも全然元がとれるんじゃないかしら。とか。

そうじゃなくても、仕事は、スポーツほどシビアじゃない。
1年に1回しかチャレンジできない季節モノでもない。1回負けたらそこで終わりのトーナメント戦でもない。

ってことは、よ。
失敗しても死なないし、うまくいくまでやめなきゃいいだけだし、万が一最後までうまくいかなかったとしても、努力(投資)している最中にすでに元がとれてるから、まあ、負けっぱなしでも問題ない。

みたいなことをしどろもどろ話したんだけれど、みなさんに伝わったかなあ……。

勝ち続けているから、自分を信頼できるんじゃないんです。
負け続けてもどうせ楽しかったから、自分を信頼してる気がします。

※「今日もコレカラ」は朝7時に更新です。バックナンバーが読めるようになりました。

【この記事もおすすめ】

──すごい行動力ですね。なぜ、そこまで?
中井:そのころ、私自身が自分の人生に行き詰っていたんです。

writer