
数学的原稿と、国語的原稿【今日もコレカラ/第856回】
いま、私たちが書く原稿には、数学的原稿と国語的原稿があると思っている。
この「数学的原稿」と「国語的原稿」は、私の造語なので、多分に感覚的なものなのだけれど、いったん以下のように定義してみる。
・数学的原稿は、論理的に構築される文章。演繹的、もしくは帰納的に書くことができるもの。形式化できるもの。
型のあるサマリーやレポートなどはこれにあたると思う。・国語的原稿は、書き手の固有の感覚や、思考、経験をよりどころに書くもの。
書き始めるときには、書き終わりがわからないタイプの原稿。書きながら思考するタイプの原稿。
また、そもそも、その「固有の感覚や思考、経験」の素材自体を発掘してから書くタイプの原稿。
だいぶ雑だし「数学的」「国語的」の使い方が合っているかどうか問題もあるけれど、いったんこんな感じで考えてみると。
この先はもう、「国語的原稿」だけが、ライターの仕事になっていくのではないかなと思っている。
思考途中でいったん、放出。
このことはいつか、もっとちゃんとした形で原稿にしたいと思う。
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