
AIに書いてもらっているうちに、書くのが嫌いになる話【今日もコレカラ/第887回】
AIに文章を書いてもらっているうちに、原稿を書くのが嫌になったという話をよく聞く。
書くことに愛情を持っていた人や、指名の多い売れっ子ライターさんから、よく聞く話だ。
・客先から「AIを使って効率化してほしい」と言われ、使い始めたら、たしかに効率がいい。
・企画案だけ、構成案だけ、のつもりだったけれど文章まで書かせたら、すごく楽だ。
そんなことに気づいた人たちが、「じゃあ、自分じゃなくてもいいな」と思うのは、理解できる。
私も、「デジタルtoデジタル」の仕事はもう、あまり興味を持てなくなってきた。
たとえば、テープ起こしから原稿を書くとか、すでにある文章をわかりやすく整理するとか。
それよりは
・自分が聞かなければ出てこなかった言葉を引き出すインタビュー(アナログ to デジタル)
に意識が向かうし
それよりなにより、
・自分が書こうとしなければ、この世の中に存在しなかった文章を書く(ゼロ to ワン)
ことに意識が向かう。
たとえばなのだけれど、いま連載させてもらっている「50代を迎え討つ!」の原稿は、
世の中に必要かといえば、別になくても困らない。
わたしが今関わっている文章の中で、一番「なくても困らない度」が高いとも思う。
だけど、自分が存在しなければ、そもそもこの世の中に存在しない文章だと思っている。
そして、なにより、自分が書いていて楽しい。
今日アップした原稿は、過去1年くらいでも会心の一撃なので、よかったらぜひ読んでください。
リッツ・カールトンと入れ歯。
そして、今日からスタートしたきよのちゃんの連載「聖の言葉と俗を生きる」も、やはり、アナログから考える言葉の話。こちらも、ぜひ。
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