あのミュージカルの名曲をいとも簡単に歌う猛者・堂珍嘉邦、現る。『THE PARTY in PARCO劇場』を観て
ミュージカルが好きだ。不要不急の外出を控えていた2020年春、それまで浴びるように舞台を観ていただけに、日々チケットを払い戻す作業に追われた。あの時期、6〜7本は払い戻しただろうか。徐々にミュージカルが復活して久しぶりに生の歌を聴いたとき、自分の中の細胞が目覚め、「あ、生きてる」と思った。ホールでの声の響き、歌に込めた思い、そして肌に感じる声量。「新しい生活様式」の中になかったものがそこにあった。
この11月、キャパ500〜600人の劇場にミュージカル界のスターが集結した。それが「THE PARTY in PARCO劇場~VARIETY SHOW & MY FAVORITE SONGS~」。11月5日(土)より渋谷・PARCO劇場でスタートし、11月20日(日)に千秋楽を迎えたトーク&コンサートだ。このショーは元宝塚雪組娘役トップスターの咲妃みゆと元劇団四季の小林遼介がホスト役となり、人気ミュージカル俳優3人1組を日替わりで招くもの。1部はゲストに縁のあるミュージカル・ナンバーを、紀元前から2022年まで作品の時代を追いながらホストとゲストの5人が披露する。2部はトークを挟みながら、ゲストの歌いたい曲をお届け。歌われるのは歌謡曲、ミュージカル曲、書き下ろし曲と実に幅広い。
私が会場に赴いた千秋楽11月20日(日)のゲストは、浦井健治、上原理生、堂珍嘉邦。完売のため当然満席。会場は熱気に満ちていた。トークコーナーでは、堂珍が「理生くんが歌った西城秀樹さんの『傷だらけのローラ』の第一声には、勇気づけられましたね。巻き舌で『ブロロロロ〜ラァ〜』ですから」と笑いを殺しながら話す。すると浦井は、一度もミュージカルで本役を演じたことがないのに、コンサートで披露してからやたらとテレビでオーダーがかかる『アラジン』の「ホール・ニュー・ワールド」を今日も1部で披露したことから、「井上芳雄から僕、『ホール・ニュー・ワールド芸人』と呼ばれている」とこぼした。浦井、上原、堂珍。あまりゲストの年の差がないこの回は、同窓会のような雰囲気だ。しかも今の30〜40代は、CHEMISTRYを生んだ伝説のオーディション番組『ASAYAN』のド直球世代。「あの堂珍嘉邦と共演できるなんて」という空気感があった。
この日、鳥肌が立ったのは堂珍が歌った『モーツァルト!』の「僕こそ音楽(ミュージック)」だった。音符がよく動くメロディーで、言葉数が多く、字余り気味な歌詞。多くのミュージカル俳優が自分に言い聞かせるように熱を込め、口を大きく開けて歌うナンバーだ。それを堂珍はまるでヴォルフガング・モーツァルト本人が心情を吐露するかの如く、力感なくいとも簡単にこの曲を歌ってしまう。しかも言葉は明瞭。すげえ! 正直、「僕こそ音楽」のある種の最高峰を聴いたかも。
彼が歌い終わった瞬間に、私は背中がゾクゾクして最大限の拍手をした。だけど、会場から聞こえてくる拍手の音量は小さかった。え? なんで? ミュージカルっぽく歌い上げないと、みんなお気に召さなかったのかな?
もちろん私も声量バツグンで迫力あるミュージカルシンガーは大好きだ。でもこの日の堂珍嘉邦の歌は、料理に例えるなら薄口だけど出汁のよく効いた美味しい和食。声量に頼ることなく、細かな心情風景を確かな技術と高い表現能力で見せた。スパイシーな料理が鎮座するなか、上品で薄味だけど味の確かな和食が堂々躍り出た格好だ。
堂珍は2014年の音楽劇『醒めながら見る夢』を皮切りに、『ヴェローナの二紳士』『RENT』『ジャック・ザ・リッパー』と、着実にミュージカルのキャリアを重ねてきた。ただしこの日の観客の多くは彼をミュージカル俳優とカテゴリーせず、飽くまでも「CHEMISTRYの堂珍嘉邦」として見ていたのだろう。
歌の上手さは声量や歌い上げる姿勢で判断されるものではないのに、ミュージカルを観続けているとなぜか迫力のある演者が上手いと感じやすい。強烈な歌声が観客の皮膚や鼓膜へと伝わると、聞き手の五感が目覚めるからなのかもしれない。でもこういうことって、ミュージカル以外でもよくあることなのだ。私が生業にしているライター業、編集業もそうだ。私が前職で編集者をしていたとき、自分の文章を正義として赤字を入れていなかったか。本当はもっといろんな文章表現があって然るべきなのに、自分の未熟さでライターさんの表現の範囲を狭めていなかったか。
文章も音楽も表現に正解はない。だからいつも思う。なぜこの演劇を私はよいと思ったのだっけ? なぜこの脚本家さんを好きだと思ったのだっけ? なぜこの俳優さんの演技を上手いと思ったのだっけ? ときどきわからないこともある。説明できないこともある。そして目の前のエンタメを観て「いい!」と思った瞬間、今回の「ミュージカル俳優は声量がなければ」のような無意識の思い込みに気づいて、身悶えるときもある。
アンコンシャス・バイアスを払拭するには、自分のエゴや習慣、こだわりに囚われていないか自分を見つめ直さないといけない。そしてもっとエンタメの素敵な表現を採取するには、ジャンルレスに多くのエンターテインメントに接し続ける必要があるのだろう。
この日の堂珍への拍手は残念ながら少なかったものの、彼の歌声への称賛はラストの浦井健治のリアクションに表れていた。最後の曲は、浦井が自らリクエストした堂珍嘉邦×浦井健治で披露するCHEMISTRY「君をさがしてた 〜The Wedding Song〜」。歌い終わりでガッツポーズをしながら「夢みたい〜!」と興奮を隠せない浦井。サビで主メロを歌う浦井の隣で、絶妙なハーモニーを重ねてくる堂珍。彼の歌手としての実力を目の当たりにして、浦井自身、どれだけ鳥肌が立ったことだろう。
自宅に帰ってからも興奮冷めやらぬ私は、デビュー前の堂珍嘉邦の動画を観ていた。歌詞の発音が非常にクリアで、声を張らなくても歌声がまっすぐ遠くに響き、敢えて聴こうとしなくても彼の歌は耳に届いてしまう。しかもピッチとリズムがとても正確だ。この日、堂珍は「『僕こそ音楽』は歌詞が自分のことのようで、書かれた内容を違和感なく歌える」と語った。感じるすべてに音を乗せる。リズム、ハーモニー、フォルテ、ピアノ。音楽だけが生きがい。僕こそミュージック。この内容が「自分のことのよう」って。ど・ん・だ・け〜! どんだけナチュラル・ボーン・シンガーなのよ〜〜!
堂珍嘉邦さん、あなたのミュージカル次回作、私、何があっても劇場に足を運びます!
文/横山 由希路