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ある「言葉にならない思い」の結晶~超絶技巧に翻弄された「KOGEI-Next」展〜

人にはそれぞれ何かしらの日課があって、ルーティーンと決めたわけでは無いけれど、飛ばすと妙に気持ちが悪い習慣があると思う。私の場合は、サービス開始直後から続けているスマホゲーム「Pikmin Bloom(ピクミン・ブルーム)」だ。

使い方は極めてシンプル。アプリを立ち上げ、ピクミンというキャラクターを引き連れて、散歩する。気楽でシンプルな遊び方が気に入っている。

もう少しだけ、Pikmin Bloomが好きな理由を解説したい。スマホの歩数計機能や位置情報の記録を活用し、一日の終わりにはその日歩いたルートの概要と、歩数の集計結果、そして、その日にスマホで撮影した写真の中から、ピクミンが1枚選んでくれるのだ。

食べたものや手書きメモ、景色、なんとなく撮ったものなど、あらゆる写真の中からピクミンは何を選んでくるのか。予想しながら表示を待つ数秒間は、私にとって特別な時間なのだ。

2022年11月18日は『KOGEI-Next展 2022』の初日。その晩ピクミンが届けてくれた写真の絶妙なセレクトに驚かされた。

選ばれし1枚は、「段ボールで雑に作られた腕時計」だった。

遡ること、およそ半日。

11時の開場を待つ行列にそそくさと並び、お行儀良くアートを鑑賞するつもりで待機していた人々が、入場と同時に奇声を上げていた。

六本木ヒルズで開催された展示会で、訪れた人が真っ先に目にするであろう場所に置かれていた作品。段ボール製かな?

小学生がお店屋さんごっこでつくったもの

…にみえるが、実際は都市鉱山から採掘された再生銀を段ボール紙のように成形したもので、ホチキス芯の部分はプラチナだという。同じ表現方法で作られた十字架も飾られていたが、とにかく貴金属感がそぎ落とされていて、完全に混乱してしまった。

「どうしてこんなことになってしまったのか?」と口から漏れ出た感想に、見知らぬ人が「ホントよね」とため息をつく。

「都市鉱山って、東京2020で話題になったやつでしょ?使わなくなったケータイを溶かして、金銀銅のメダルを作っていたよね。あれと同じ材料とは思えない。」

感動が「心」を「揺さぶられる」ことを意味するのなら、私は猛烈に感動していた。

心の中に吹き出すあらゆる衝撃が、私の中の常識に揺さぶりをかけてきた。

作家:David Bielander タイトル:Digital Watch ―Silver―   理解できなさすぎて、気付いたら爆笑していました。

『100年後も価値のある古美術品』の存続を賭けたプロジェクト『KOGEI-Next』。その展示会で触れた超絶技巧の世界は、私や共に鑑賞した友人の「作品を読み解くこと」の解像度、隅から隅まで感じとりたいという欲求をグッと高めたのだった。

2022年11月18日、19日の2日に渡る展示会では、柵もガラスも無い展示台に、意味のわからない精緻さで制作された作品が展示され、多くの時間、傍らには制作者が佇んでいた。写真も撮り放題で、SNS掲載推奨。会場は六本木ヒルズの広場に面したカフェスペース。そこだけ取っても、このイベント主催者の気合いの入れようがわかるだろう。

作家:塩見亮介 タイトル:白銀角鴟面附白絲縅兜袖  羽毛の質感を見て、私の脳がジャッジを放棄しました。銀でできているなんて、認めたくないほどの繊細さと柔らかさでした。

展示されるのは「工芸ネクスト」というプロジェクトに参加している作家の新作で、素材やテーマは様々だが、とにかく全員が超絶技巧の持ち主。木やガラス、そして鉄などの素材が精緻に加工されている。

作家:大竹 亮峯 タイトル:Innocent(未完)  まだ制作途中の作品なのだそうです。木や鹿の角で作られた自在置物です。ロボットに装着したいです。

ところで、もともと超高難度の楽器奏法を表す「超絶技巧」という言葉を、手仕事の世界に持ち込んだのが、初日のギャラリートークで作家や作品を紹介していた山下裕二氏(明治学院大学教授)だそう。

山下氏と彦十蒔絵の代表、若宮隆志氏。漆塗りの弱点を逆手に取った演出は解説を聴くまで全くわからなかった。

氏に見いだされた作家達とのトークショーは、そのまま書籍にまとめたらいいのにと思うほど、濃密で温かかった。

作家:鈴木 祥太 タイトル:白花蒲公英 ー都市の養分ー 

一見すると、ネットのスラング「草生えるw」にも思えるこの作品は、故人の愛機の基盤から取り出した金銀で白タンポポの花を作っている。使い込まれたMacは、おそらく誰よりも持ち主の言葉を受け止めた存在で、その中で電子部品として信号を通してきた貴金属は、たくさんの秘密を知っているに違いない。それを材料として、「わたしを探して、見つめて」の花言葉を持つ白タンポポを作った作家の感性に、涙がこぼれ出てしまった。

作者の織田隼生氏と山下裕二氏

メインビジュアルになっている花の作品も、計算で生み出された架空の花だ。みんな大好きフィボナッチ数列を土台に、薄くて硬いステンレスだけで作られていた。

今回のキービジュアル  Artwork:《Imperfect》織田隼生/Toshiki Oda

銀やアルミなど、もっと加工しやすい素材もあるのに、なぜこんな面倒な材料なのか?

通りすがる人全てが思う疑問に、澄んだ瞳で作家が答えていた。

「ステンレスって、生活でも1番身近な素材でしょう。たいていの家でキッチンのシンクなどに使われていますから。だからです」

思わず質問してしまった。

「それは、熱にも、水にも、物理的な衝撃にも、あらゆる影響を受けにくいからですよね、丈夫で加工しにくい素材だからでしょう?」

「あはは、確かに。でも、一番身近じゃないですか?」

事もなげに話す作家に向けて、それ以上の質問はできなかった。

だから、なぜ、こんな果てしない苦行のような工程を歩み続けるのですか?

山盛りの花の反対側には、銀色に輝く2体の龍。これは自在置物で、制作途中だと書かれていた。アトリエから運び込まれた作業台やイカツい道具の数々までもが作品の一部のようにカッコ良かった。

作家:本郷 真也  タイトル: 円相(未完) 龍が2体の作品とのこと

自在置物とは、その名の通り自在に形を変えて飾ることができる置物で、ほとんどが金属製。生き物の姿形を忠実に写し取り、その上で関節なども本物同様の可動域を持つ、驚異の置物だ。江戸時代中期以降、甲冑などの戦用具を作っていた職人達が技術向上や技の伝承の為に始めたといわれている。テーマとなるのは蝶やトカゲ、鶏など身近で小さな生き物から、龍のような想像上の生き物までさまざま。

東京上野の国立博物館に収蔵されている明珍宗察作の龍の自在置物が有名で、最古かつ最大の自在置物と聞いたことがある。

「完成した暁には、史上最大の自在置物になるね。」トークショーでそう解説していた山下氏の嬉しそうな様子が印象的でした。

柵無し、作家付き、SNS上げ放題。

公式サイトでは図録動画が公開されていて、伝達方法までが『NEXT』な展示会でした。

残念ながら本展示は既に終了していますが、今回参加した作家のうち、複数のかたが2023年公開の超絶技巧展へも出展されるとのこと。今度は巡回展で、期間も数十日ずつの予定。

全ての会場で展示を見比べようと、今から予定を立てています。

常軌を逸したテクニックと幾重にも折り重ねられたメッセージの洪水に、心とかアタマとか、そういう部分がガンガンにシェイクされ、疲労困憊で帰宅しました。世界を見る眼に新たなモードが加わったような、衝撃の体験でした。

そして、1つ気付いたことが。

アート鑑賞とは、合法的に脳をバグらせる体験だ。しかも、中毒性はかなり高い。

今度はどんな展示会へ出かけようか、探しているのでした。

文/富山 佳奈利

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