
10年かけて目指したい文章【さとゆみの今日もコレカラ/第756回】
以前このコレカラでも書いたことがあるけれど、文章がうまく書けなくて号泣したことがある。そんなに遠い過去の話ではない。2022年の3月のことだ。
丸2日かけて2500字程度の原稿を書いては直し、書いては直しして、何度も推敲した。
こんなはずじゃなかったと何度と思った。もっといい原稿になるはず、もっと書きようがあるはず。締め切りが迫る。焦る。
それが当時の私の精一杯だったと思えるところまで粘って、朝の7時に泣く泣く原稿を手放した。
送信ボタンを押したあと、もう、悔しくて情けなくて、私22年もライターやってきて、なんでこの程度しか書けないんだよと思ったら自分に腹が立ってきて、ぼろっぼろ泣いた。
そのとき書こうとしていたのが、その数日前に出会ったロシア人の女性の話だった。
いとこがウクライナに住んでいる。両親と弟はロシアに住んでいる。日本にいる自分と娘は、突然始まった戦争に衝撃を受けていると話をしてくれた。
ロシア憎し、で日本が一色に染まっていたときの話だ。
ロシア料理の店には投石され、ロシア人だとわかると酷い目に遭うから家から出るにも身の危険を感じる。
そんな時期に、彼女はロシアに住む家族のこと、ウクライナに住むいとこのことを、ぽつりぽつりと話してくれた。日本の高校に通う娘の話もしてくれた。学校でいじめられてない? と聞いた私に彼女は首を横に振った。「私がロシア人だからという理由で、私をいじめるような友達は一人もいない」と、高校生の彼女はきっぱり言ったそうだ。
それを聞いて愕然とした。高校生の間で築かれている信頼関係を、なぜ大人の私たちは構築できないのか。
「どの国出身の人か」で人を測ることの愚かさに、なぜ私たちは気づけないのか。国とはなにか。個人とは?
そのことを、当時執筆していた連載に書かせてほしいと言ったら、彼女は快諾してくれた。
なのに、である。
この話を伝える私の筆力は全然足りなかった。大切な話を預かったのに、全然足りなかった。
大きな一石を投じたつもりので書いた文章は、それほど話題にならず、webの波の中に消えていった。
そのとき、もっと上手くなりたいと思った。もっともっと書けるようになりたい。
それと同時にずっと考えていた。あれを、どう、書けばよかったのだろう。
もっと深く話を聞くべきだったのか。もっと考察すべきだったか。もっと学んでから書くべきだった? それとももっと表現を練るべきだったか。もっと多くの人に届く文章にするにはどうすればよかったのだろう。
今年、そのときの私が書きたかったのはこんな文章だった、と感じる理想のような文章に出会った。この先10年間の目標にしようと思うような文章だ。
かつて、ブレイディみかこさんの『ぼくはイエローでホワイトでちょっとブルー』を読んだときに「10年以内にこんな文章が書けるようになりたい」と思った。
今、もう一度、10年以内にこんな文章を書けるようになりたいと思ったのは、奈倉有里さんの『文化の脱走兵』だ。
読みながらずっと、こんなふうに書けるようになりたかったんだ、と思っていた。
いや違うな。読んでいる間はそんなことを考える余地がないくらい、その優しい筆致が生む世界に溶けていた。
読み終わってしまうことが残念で残念で、こんな時間がまだあと何時間も続けばいいのにと思ったとき、ああ、こんなふうに書きたい、と思った。
戦争のことを、文学のことを、こんなふうに「静かに置ける」文章を目指したいんだ私、と思った。
その本について、書評を書きました。朝の9時に公開されるので、公開されたらまたリンクを貼りますね。
本を読もう。対話をしよう。一緒にここから逃げよう。『文化の脱走兵』 (外部サイトに飛びます)

10年後、この本の深淵に、私の手が届きますように。
「今日もコレカラ」は毎朝7時(頃)にアップして24時間で消える文章です。今日もこれから、良い1日を!
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