
21万字。やっと半分。【さとゆみの今日もコレカラ/第931回】
帰国してから、ちゃんと仕事に順応できるかなと思う暇なく、すでに登壇3回。添削42本、打ち合わせが5本。
今日は、GW前に納品していった書籍の原稿をフィードバックをもらう回だった。編集者としてではなく、ライターとしてジョインする書籍の仕事は久しぶり。
私、なんと、最終21万字も書いていたらしい。
厚い本にしたいとうオーダーだったので、文字数を考えずに書いていたんだけれど、どおりで書いても書いても終わらないと思ってた。普通の本の2冊分である。
ここから5〜6万字削ってフィニッシュする方向で合意。わりと根本的な部分で、だいぶ大きな変更も入れることにもなった。そこは全面的に書き直し。
でも、本がよくなるなら、なんでもいい。
初稿を出してから先のふんばりが、書籍の出来を左右することが多いと思う。なので、ここまできてやっと半分くらいの気持ち。ここからは胆力になる。
頑張ろうと思う。
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【バックナンバー】
一周まわってクリエイティブ【さとゆみの今日もコレカラ/第930回】

先日、LECOのうっちー(内田聡一郎さん)と話をしたときに、最近の若い美容師さんは、「一周まわってクリエイティブやコンテストに興味を持っている人が多い」と聞いて、へええええと思った。
美容業界で「クリエイティブ」というと、生身のモデルさんに、ファッション、ヘアメイクをトータルコーディネートして、ひとつの世界観を表現することを指す。いわゆるヘアカタログ的なヘアスタイルではなく、その名の通り、「クリエイティビティ」が要求される。
そういった撮影や、ヘアコンテストに挑戦する若手が増えている気がするとのことだった。
これはとても面白い現象だなと思う。
私がライターをしていた時代は、「集客につながらない創作活動は後回し」みたいな考え方もあって、その後、インスタで等身大のおしゃれ発信、美容発信をしてファンを獲得するといったブームがきた。
それが、一周まわって、いま、クリエイティブなのか、と思って。
昔、「自分は集客をしたくて美容師になったわけじゃなくて、デザインをしたくて美容師になったんです」と、言っていた人がいたことを思い出した。
なんか、ちょっと大事なことを思い出した気がする。多分、私も一周まわってものづくりしたいような気持ちなのだな。
写真は、昔、ヘアショーでいただいたTシャ
浸透圧ゼロ交際【さとゆみの今日もコレカラ/第929回】

昨日は、カミーノでパサパサになった髪にカラーリングするため、うっちーのお店に。
『内田本』を担当させてもらったこともあるうっちーは、20代の頃からの付き合いで、たくさんの仕事や飲み会をご一緒した。
私がうっちーのお店に行くのは3年ぶりだったらしい。最近の業界事情から、最新の美容ネタまで。いろいろ教えてもらった。
夜は夜で、スタイリストの山本あきこさんと。彼女とも、お互いがアシスタントだった時代からの付き合い。
こちらもまた久しぶりだったので、お互いむさぼるようにキャッチアップした。
うっちーも山本さんもそうなのだけど、古くからの(そして同世代の)知り合いは、会話の浸透圧がゼロなところが本当に楽しい。
ある程度の年齢になると、何を話しても相手に圧をかけてしまうところがある。アドバイスもお説教になりやすい。
だけど、古い付き合いの人たちは、言葉がそのまま浸透圧ゼロで伝わるから、とても心地良い。
会話が直球で、お互いにそのボールがまっすぐに届く。
ふああ、楽しかったー。
2人の最近の仕事ぶりや、これからやりたいことなどを聞いて、とてもワクワクしたー。
新しい髪色も気に入りました。
私もがんばろー!!! おー!
この人は私をジャッジしない【さとゆみの今日もコレカラ/第928回】

『ママはキミと一緒にオトナになる』にも登場するMちゃんと久しぶりに会った。
Mちゃんは、これまで私が出会った全人類の中で一番優しい。なんでこんな人格が形成されたのかわからないくらい、人格者だ。
圧倒的に朗らかで、にこやかで、久しぶりに彼女と話をしているだけで癒された。
「この人は私をジャッジしない」
「この人は私を攻撃しない」
という安心感って、ほんとうに圧倒的なんだな。
大抵の気づまりって、この人は私のことをどう思っているのだろう、と探ってしまうことにあると思う。
それが取り除かれると、人との関係性ってこんなにも楽ちんなんだなあ。
ほかほかしながら帰ってきました。花束みたいな時間だった。
直会(なおらい)の夜【さとゆみの今日もコレカラ/第927回】

直会(なおらい)という言葉を初めて知ったのは、4年前だったろうか。山伏修行に参加させてもらった時、修行後のお疲れ様飲み会を「直会(なおらい)」と呼んでいた。
非日常の世界から日常の世界に戻ってくるときの変化をゆるやかに着地させる、間(あわい)の儀式なのだという。
昨夜、フライト後のそのままの足で、いつも行く店でワインをいただいた。
私を日本の日常になじませる、直会(なおらい)のような時間だったなと思う。
たまたま私以外にお客さんはいなくて、ゆっくり、3杯。カウンターでおしゃべりをしながらワインを飲む。
よし、明日から頑張ろう。バックパックを担いで、店を出た。
もちろん、歩かずにタクシーで帰る。
さて。今日は、早稲田大学で登壇です。いってまいる!!!
直会(なおらい)について教えてくれた山伏でキャリコンのきよのちゃんのコラムもぜひ!
わぎーな出会い【さとゆみの今日もコレカラ/第926回】

ポルトでちょっと嬉しかったのは、日本でよく使っているノートのデザイナーさんに会えたこと。
おしゃれだなあと思うお店に入ったら、いろんな場所に日本語があって、なかには私がよく使っている日本のノートもあった。
デザイナーだという若い男性に、カタコトの英語で、あなたはなにか日本と関係があるのかと聞いたら、神戸のブランドとコラボした商品が僕のファーストプロダクトなのだという。
そのマネーケースは私もよく知っていた。前に欲しいなと思って検討したことがある。
僕みたいにゆっくりと時間をかけてデザインしたいタイプに、日本のメーカーさんは本当に丁寧に接してくれるからいいんだよね、と言っていた。
そして、
神戸は素敵な街だよ。わぎーが素晴らしかったよ。という。
わぎー?
うん、ええと、わぎー、わぎー
あ、ひょっとして和牛?
おー、わぎゅー!
ってな会話があって、神戸ビーフの素晴らしさを身振り手振りで語ってくれた。
彼の作るプロダクトはどれもこれも素敵でとくにまな板なんかは持って帰りたくなったのだけれど、たぶん東京でも買えるだろうと思って、やめた。
その代わり、とても心を惹かれたブレスレットを今回の旅の記念に購入。繊細なデザインで、気持ちが上がる。3本全部表情が違うから、好きなのを選んでと言われて、買った。
それにしても、ポルトガルで、愛用ノートのデザイナーさんに出会えるとは。これから使うたびに彼の声を思い出せそうで嬉しいな。
では、今度こそ帰ります。
こんなことを書くことになるとは思ってなかったのだけれど【さとゆみの今日もコレカラ/第924回】

「ゴールしたら書かせてください」
そんなふうに編集者さんと約束をしてスタートした、カミーノ巡礼。
歩いてる途中は、こんな原稿になるとは思ってもいなかった。
たった12時間前、体から絞り出すようにして書いた原稿です。
ダダダダッシュで入稿してくださった担当編集者さんから、
とーっっても貴重なエッセイを読ませて頂いたなー!という感慨が強いです。とっても良かったです!!
と言ってもらえました。
多分、今まで書いたどんな原稿よりも丸裸だと思いますが、よかったらぜひ読んでください。
↓
正樹さんのこと【さとゆみの今日もコレカラ/第921回】

カミーノの道を歩いていると、いろんなことを思い出す。
長く引き延ばされた走馬灯のようだ。
今日は、正樹さんのことを思い出した。
正樹さんは、一回り歳上の先輩だった。
新卒で勤めたテレビ制作会社の先輩で、『世界ウルルン滞在記』という番組で一緒にフランスロケに行った。それは、私にとっては初の海外ロケだった。
エキセントリックな人が多いディレクター陣の中で、正樹さんは数少ない常識人で優しくてまっとうな人だった。そんな人とロケなんてラッキーじゃんと、いろんな人に言われた。
ロケ4日目。
その日は、フランスとスイスの国境近くにあるワイン蔵を取材する日だった。
訪れたワイナリーのオーナーは陽気で気さくな素敵なおじさんで、やあやあみんな飲んでいきなさい、このワインもこのワインもおいしいんだよ。と、樽から直接ダバダバとワインを注いで飲ませてくれた。
いつまでたっても私たちを離してくれないので、仕事にならない。
正樹さんは、「お前ちょっとここに残って、おじさんの相手をしてろ。俺たちは必要な素材を撮影してくる」と言っていなくなった。
おじさんはフランス語しか話せなく、私は日本語しか話せない。だから、酒を飲む以外ほかなかった。何回も何回も乾杯をして、ただただワインを飲んだ。
正樹さんたち撮影クルーが戻ってきたとき、私は意識朦朧としていたらしい。10杯ぐらい飲んだところまでは覚えている。途中からウォッカが混ざってきた気がする。
ウォッカがどんなお酒か、当時の私はよく知らなかった。ワインと同じくらいのスピードで杯をあけた。戻ってきた時は、ウォッカの瓶が半分になっていたと、後で聞いた。
その後、ロケ車に回収された私は、車の中で目を回した。どんどん気持ち悪くなり、気づいたら車内で真っ赤な血を吐いていた。
血だと思ったのは、赤ワインだった。
そこから丸2日は使い物にならなかった。
みんなが撮影をしている間、私は、タレントがホームステイする家のお母さんに介抱をされていた。
フランスの田舎に伝わる苦い薬草を飲まされ、数時間に1回は、「ゆみ、大丈夫?」と、お母さんが覗きにやってくる。
起き上がることもできず、ただただ、介抱をされていた。
正樹さんには、「お前はいったい何しに来たんだ」と怒鳴られた。
ウルルン名物、お別れのシーンの撮影で、お母さんはタレントとの別れにはニコニコと握手していたけれど、私と別れるときには号泣していた。
「ゆみ、あなた、もう決して飲み過ぎちゃいけないわよ」
そう言って、私を抱きしめ泣いていた。
東京に戻ったら、「お前、フランスで正樹を怒らせたんだってな」と、噂になっていた。
温厚な正樹さんが声を荒げるところを見たことがある人は、この10年誰もいないという。
その正樹さんを初めて怒鳴らせた女として、私は会社で有名になっていた。
それからしばらく、ワインは怖くて飲めなかった。次にワインに口をつけるまでに、8年くらいかかったと思う。
今日、カミーノを歩き始めてから初の昼飲みをした。歩いている最中に飲んでしまうと、歩くのが嫌になってしまうだろうと思って自重していたのだ。
もうすぐ旅も終わるし、今日は距離も短い。そう思ったので、途中雨宿りをしたレストランで、私はワインを空けた。
だからだろうか、正樹さんのことを思い出した。
正樹さんは、私が会社を辞めたあと、ほどなくして亡くなった。まだ40代前半だったのではないか。
お前は何しに来たんだと怒られたときのことを思い出していた。
ホームステイ先のお母さんに飲み過ぎちゃいけないわよと言われたことも思い出した。
やはり、走馬灯のようだ。
正樹さんは、亡くなる時、どんなことを思い出したのだろう。
太陽も。女も。マジックアワー延長戦。【さとゆみの今日もコレカラ/第912回】

マジックアワーという言葉を初めて知ったのはテレビマン時代で、「お前、貴重なマジックアワーに、見切れてんじゃねーよ。バカ」みたいなことをカメラマンに言われ、「マジックアワーとは?」と聞いたのが最初だったと思う。
マジックアワーとは、日の出前と日没後の数十分を指す。
直接的な太陽の光源がないこの時間は、光がグラデーションに染まる。映像が淡くたゆたう。この時間だけで撮影した映画があるくらいだ。
ヨーロッパに来るといつも感じるのは、マジックアワーの延長戦だ。
日本だと、数十分しかないマジックアワーが、ヨーロッパの夏には、体感、2時間半くらいある。地軸の傾きぶん、マジックアワーもななめにのびる。
陽が落ちるとすぐに暗くなってしまうような日本のような夜じゃなくて、落ちたあともずっと存在感のある日の入り。
私は、ヨーロッパのそれが好き。
太陽が落ちたあとの長い長い、夜に塗り替えられるまでの時間が好き。
この時間があるから、ヨーロッパの大人の女性は美しいのではないかなと思うくらいだ。
マジックアワーの延長戦があるかないかで、酒の杯数も変わるし、恋の数も変わるし、歳を重ねた女の価値も変わるように思う。
残り香のような時間をどれくらい美しく切なく名残惜しく保てるかが、女の幸福度にわりに直結するように思うのだ。
フレッシュなグリーンワイン2杯。
ほろ酔いで見た、ポルトガルの片田舎のマジックアワー。
直射日光ではなくて。
ギラギラ自分が輝ける時間だけではなくて。
真っ青な空じゃなくて。
もういなくなった太陽の残り香が、ずっと続く。
こういうのがいいなあと思うようになったお年頃。
サムネイルは、ポルトガルの田舎町。遠く、海に沈む太陽。

死にたくない・死にたくない・死にたくない【さとゆみの今日もコレカラ/第911回】

村上春樹さんの『遠い太鼓』を聴きながら、ポルトガルの海沿いの街を歩いている。
歩いている最中、どの本を聞こうかな考えたのだけれど、オーディブルに村上さんの『遠い太鼓』を見つけたときに、ピンときた。
もう40年も前に書かれた文章で、彼がイタリアとギリシャに3年滞在した時の話が書かれているエッセイ集だ。読むのは4回目だろうか。
『ノルウェイの森』と『ダンス・ダンス・ダンス』はこの2年の間に書かれている。ノルウェーの森の方は手書きで書かれたという。以前読んだときに、「紛失しないか、火事になったりしないかと心配だ」と書かれていた記憶があった。書きかけの小説が失われることへの恐怖を想像したものだ。
でも、その表現以上に今回、びっくりしたのが
「僕は死にたくない・死にたくない・死にたくない」
という記述があったことだ。
今回、耳から聞いていたので、宿についてからKindleで、どんな表記だったのかを確かめた。
「僕は死にたくない、死にたくない、死にたくない」
なのか
「僕は死にたくない。死にたくない。死にたくない」
なのか。
そうしたら、まさかの、
「僕は死にたくない・死にたくない・死にたくない」
だったし、しかもこの20文字には傍点までついていた。
いま手掛けている小説を書き上げるまえに死にたくないという意味で、
「お願いだから、僕をもう少し生かしておいてください。僕にはもう少し時間が必要なのです」
という記述もある。
ドライな筆致でウェットなことを書く村上さんだけれど、ここはひたすらにウェットだ。
いま死んだら困るというほど、執着していることが何かあるかな、と思って考えてみたのだけれど、うまく思いつかなかった。
そういえば出かけるときに、息子に何度も「死なないでね」と言われたのだけれど、最近、絶対に死にたくないみたいな(かつてはあった)強い欲望がないのかもしれないなと思う。そういうのが伝わるのだろうか。
記憶していた文章とは違って、『遠い太鼓』の中で展開される話は、わりと暗くて、ひどい話が多い。村上さんはずっと文句を言っている。
今日は雨の中を歩いたのだけれど、「まあ、春樹さんに比べたら、こんなことはどうってことないな」と思える。
そして、さて、今日も頑張って歩こうかと、昨日干した洗濯物を取り込もうとしたら、突然、本当に突然、スコールのような雨が降ってきて、一瞬のうちに洗濯物をびしょびしょにしていった。
20メートル先にあったのだけれど、助ける暇もないどしゃぶりだったので、もう、諦めた。
降水確率は0パーセントだった。
コインランドリーがオープンするまでは、この街から出られないなと思ったけれど、村上さんが受けたトラブルに比べたら、どうってことないかと思って、まだ誰も起きてこないキッチンで、今日コレを書き始めた。
やれやれ。
↑言ってみたかった。本当は楽しくなってきてる。
サムネイルは道中であったご夫婦。長年連れそうと雰囲気が似てくるのだろうか。

首筋にキスマーク【さとゆみの今日もコレカラ/第910回】
ポルトガルの小さな港町のレストランで書いている。
本当はもう1日ポルトの街を観光してから歩き始めようと思っていたんだけけど、ワインがおいしすぎて、このままポルトにいたら歩くのが嫌になってしまいそうと思ったので、予定よりも1日早く歩き始めた。
レストランでは、英語が全く通じない。私の英語が汚すぎるせいかと思ったが、英語を話す人が一人もいないようだった。
カミーノの巡礼地は全世界から人が集まるので、英語コミニケーションに慣れてる人たちが多い印象。
ただ、私が今夜泊まった街は、そこまでメジャーな街ではなく、そのレストランも、地元の常連さんたちがほとんどのようだ。
お客さんの中にちょっとだけ英語が話せる人がいて、彼女はそのおじさんを通訳にと連れてきた。
その人を介して片言どおしの英語で注文をしたら、ワインがボトルで2本出てきて、スープとリゾットとフリットと山盛りのチーズが出てきた。
というわけで、今日20キロ以上歩いたけれども、その分のカロリーをはるかに上回る夕食をいただいている。
いろいろと思ってもいないものが出てきているけれど、全ておいしいし、サービスをしてくれるお姉さんはとても優しくてチャーミングだし、おじさんも親切がすぎる。なんて素敵な巡礼初夜だろう。
私がご飯を食べている間に、小学1年生くらいの男の子を連れた家族がやってきた。その瞬間、サービスをしている女性がその男の子に駆け寄ってたくさんキスをする。チュッの音が、私の席にまで聞こえてくる。
男の子は照れ臭そうにしている。ちょっと、胸が熱くなる。
家族以外にたくさんの愛情を受けて育つのって、素敵だよね。
途中からGoogle 翻訳の存在を思い出して、iPhoneの画面を見せながらコミュニケーションを取ったら、いきなり全てが通じた。
でも、ちょっとだけ英語しゃべれるおじさんと、チャーミングなお姉さんと、身振り手振りで話をするのは楽しかったな。
帰りに、「すべての料理がおいしかったよ。ありがとう」とGoogle 翻訳で伝えたら、お姉さんはくしゃっと笑って手を広げ、私の首筋にも大きなキスをしてくれた。
かくていま、私の首筋には、彼女のキスマークがある。
大人だって、家族以外に愛情を受けると、こんなに嬉しい。
オブリガーダ。

極北を書かずしていかんとす【さとゆみの今日もコレカラ/第909回】
俳優のイザエミちゃんと『本を読めなくなった人たち』についてポッドキャストで語った。
本を書いたり、作ったりする立場の人間がともすると、うっかり忘れてしまうのが、本を読むと言う行為自体が既に、一部の少数派の人たちの贅沢な娯楽になっているということだ。
かつて、オタクという言葉が、人にはあまり理解されないような趣味を持っていることを示していた時代があったけれど、それで言うなら、現代における読書は完全なるオタク活動だと思う。
音楽を聴くことや、スポーツをしたり見たりすることに比べて、どれほど読書はオタ度の高い活動か。
そんな時代に、著者さんの書籍20万字ぶんをえっちらおっちらと書き上げ、本のレビューを書き、本についてポッドキャストで語り、海外に着いたら、まずは書店に行く私は、もうだいぶ筋金入ったオタクだ。
ポルトの街には、世界で1番美しい書店と言われるレロ書店がある。ここは、ハリー・ポッターの舞台にもなったと言われる書店で、赤い絨毯が美しい。入るだけで12ユーロかかる。本を手に取っている人よりも、私のように、撮影をしている人の方が多い。

日本語で書かれた本はありますかと聞いたら、この上なく申し訳なさそうな顔をした店員さんに、ノーと言われた。
極東の国の文字で、あまり本を読まない1億人(のうちの10万人くらい)に向けて私たちは書いているのだなあと思うと、なんだか面白くなってきた。そもそもが絶滅危惧種的な活動なのだ。
朝井リョウさんではないけれど、自分の極北を書かずしていかんとす。
やればできるんなら、早くやれ。【さとゆみの今日もコレカラ/第908回】
イスタンブールです。今回は、ポルト入りなので、イスタンブールでトランジット。
昔、飛んでイスタンブールって歌があったね。
天気が悪かったので、めっちゃくちゃ揺れたんだけれど、最後着陸したときに拍手がおこって、ほっこり。
ターキッシュ、初めて乗ったけれど、CAさんが陽気で楽しかった。アメニティも可愛い。ただ、北海道くらい機内が寒い。
夜出発のフライトが好きで、まずズコンと寝る。今日もズコンと寝たあとは、原稿を。
20万字分のリライトの残り4万字をここで。途中、じーんとくる部分があって、多分、カザフスタンの上空あたりでほろりときてた。
どうしてこんなにギリギリになっているのか、いつも不思議なのだけれど、でもなんだか最後は間に合ったりする。
やればできる子といって頑張ってきたけれど、もっとはやくやれ。
次のトランジットでラストの表現だけもう一度考え直す。
そしたら! そしたら!! ポルトガル!
いってきます。
人生テンパリスト名鑑【さとゆみの今日もコレカラ/第907回】
カミーノ出発前夜さとゆみです。
あらゆることが間に合っていない。こんなに慌てて出かけてよいのだろうか。
先日、パスポートが見当たらなかった話を書いたら、想像以上にたくさんの反響をいただき、みんなパスポートあるあるしてるんだなと感慨深くなったことよ。
私が知っているなかで一番のパスポートトラブルは、ラスベガスの教会で2人で結婚式をあげようとしていた奥様のほうが、パスポートの期限が切れていて結婚式に(自分の)行けなくなったというもの。
それだけでは終わらず、なんとお互いの家族がその教会にサプライズで到着していたらしく、花嫁も花婿も不在のまま、何も知らない家族だけが教会に集まってしまったというものだった。
(ご家族はみんな英語ができず、教会の人たちとも意思疎通ができず、夫婦が到着しないものだから、事故にあったと思ったらしく、悲嘆にくれていたらしい)
なんて幸先の悪い結婚であることよ、それって神様が結婚を引き留めているのでは? と思うけれど、その夫婦はいまも仲良く過ごしている。
最初のほうに大変なことがあったら、あとはなんとかなっちゃうものなのかな。
感想の中に、「そうそう、さとゆみは、マジでテンパらない」「相当なトラブルなはずなのに、全然テンパらない」という友人たちからのコメントもあった。
たしかに私、トラブルがあったときは、すーっと冷静になる。ふつふつとアドレナリンが湧いてきて、むしろ楽しくなってしまったりする。
そんな私のテンパリ第1位は、大阪で200人の美容師さんにセミナー予定だった日、日程を勘違いして越後湯沢の温泉にいってしまっていたことだ。
「いま、新大阪駅の改札にお迎えにきていますけれど、どちらですか?」と電話がかかってきて、すーっと血の気が引いた。
今でも思い出したくない。そこから数ヶ月、お詫び行脚でした。
あれが人生最大のテンパリングだった。
みなさんのテンパリストも、ぜひ教えてください。
読めなかった本が読めるようになったりする話【さとゆみの今日もコレカラ/第906回】
いまいちフィットしなかった本が、場所をかえると読めるときってある。
4回離脱した『嫌われる勇気』は、どれもこれも、旅先で読もうとして挫折してた。目の前にビーチがあって、ビンタンビールを瓶からばかすか飲んでいるときに、読むものじゃないんだな、あれ。東京砂漠では、すんなり読めました。
逆に、『アルケミスト』は、東京ではいまいち響かず、途中で読むのをやめてしまっていたのだけれど、長崎県の五島のホテルにあったのを借りて、バーで読んだときは一気読みできた。あれは、旅先で読む本だった。
京都に拠点を持ってから、京都文学にどハマりしている。
もともと好きだったのだけれど、道の名前や寺社の場所がわかるようになると、何倍も楽しい。
もりみー(森見登美彦さん)は、ずっと読めなかったのだけれど、成瀬シリーズの3巻にもりみー大リスペクトの話が出てくるので、改めてチャレンジしたら、楽しかった。木屋町を歩きながらオーディブルで聞いた。贅沢すぎる。
そんな私の京都文学愛を「ハンケイ500m」さんで書きました。

そうそう、ゼミメンバーとCORECOLORを始めたとき、最初にインタビューに行かせてもらったのも、やはり京都を舞台にした「喫茶店タレーラン」シリーズを描かれている岡崎琢磨さんだったー。

