
「他人の言動についてはゆるく考え、自分のことに集中する」と決めた。『ゆるストイック』
自宅でパソコン作業をしていたとき、ふとトイレに行きたくなった。その瞬間、ほぼ無意識に「ああ、トイレに行くの面倒くさいな……」と思った。
「え、生理現象すら面倒くさいと感じる私、やばくないか!?」と、自分に引いてしまった。半年前の春のことだ。
年度末ということもあり、仕事に引っ越し、ライティングゼミの課題と、やることが盛りだくさんで多忙を極めていた。曜日にかかわらず、Googleカレンダーのスケジュールは予定がびっしりつまっている。毎朝起きた直後から「今日はあれとこれを終わらせないと納期に間に合わないな」と、脳内でタスクを整理していた。本当は断りたかった仕事を受けた結果パンクしてしまい、ちょっと後悔する始末。こういう状況はビジネスパーソンである以上ごく普通なのかもしれないが、当時の私はとにかく余裕がなかった。
仕事に加えて頭を悩ませていたのが、SNSだ。私のまわりには、いいねやコメントをくれるやさしい人がたくさんいる。ありがたいと思う反面、「いいねをもらったら、こちらも押さないといけない」「コメントには返信しないといけない」「仲のいい人の近況を把握するのは当たり前」と、タスクが増えている感覚もあった。以前ある人にかけられた「ゆらりさん(私のペンネーム)にフォローをしてもらえなくて悲しかった」という言葉が、心にチクチクと残っている。SNSを頻繁にチェックして、いいねやコメントをすることはもはや義務のように感じていた。
私のキャパシティはとうにてっぺんを超えて、もはやトイレに行くことすら億劫になってしまった。この生活を続けたら、心の病気になるかもしれない。なんでこんなに疲れているのだろう?
そんなとき、知人にすすめられたのが『ゆるストイック』(著者・佐藤航陽)だ。ストイックなのにゆるくていいのだろうか? と興味をそそられた。
本書では、変化がはやい社会で、自分の価値観を大切にしつつも、柔軟に適応する「ゆるストイックな生き方」を提案している。
一昔前は「他の人と同じように頑張らなくてもいいよね。私は私だし」という考え方が流行っていた。しかし、現在はゆり戻しで再び「努力しよう」という波が大きくなっている。結果、たんたんと努力を重ねた人と、努力を怠った人の差が大きく開いているそうだ。
大谷翔平選手や藤井聡太竜王・名人など、いま活躍している人たちはまさに努力を重ねたタイプ。ただ、彼らは「100%ストイック」ではなく「ゆるストイック」。他人の姿勢や意見に対しては「ゆるく」構える。自分の目標に対しては徹底的に「ストイック」である。その2つを併せ持っている、と書かれていた。
これを読んで、自分のスタンスを振り返ってみた。もしかしたら、私は他人の姿勢や意見を意識しすぎていたのではないか? もちろんSNSでいいねやコメントをしたいのなら、すればいい。相手は喜んでくれるだろう。
でも、私は「相手に嫌われたくない」という一心から、SNSの使用をみずからにタスクとして課していた。この本でいうところの「他人の意見や姿勢」に、必要以上にストイックになってしまっていたのだ。仕事の新規依頼がきたときも、希望の価格を伝えずに「できます」と言っていた。どれもこれも、相手に嫌われたくないからである。
著者の佐藤さん自身も、SNSの使い方について悩んだ時期があったそうだ。従来の価値観を捨てて思考をリセットするために、スマホからSNSアプリを消して情報を遮断した。すると、2週間たった頃には「業界の噂話」や「評判」が気にならなくなったという。「なぜ、あれほどまでにどうでもいいことを気にしていたのだろう?」とさえ思ったそうだ。
SNSを使うと、他人から評価される機会が格段に増える。わかりやすいのはフォロワー数、いいね数、コメント数。数年前の私は、毎日のようにInstagramを更新して、フォロワーが爆発的に増えていくのに高揚感を覚えていた。自分の発信がきっかけとなり、他の人の考えや行動に変化が生まれることは、このうえなく嬉しい。でも、バズったときには必ずといっていいほど、心無いコメントやDMがきて複雑な気持ちになった。SNSをはじめたばかりの頃は、感じたことや体験したことを純粋に書き連ねていたのに。いつしか「フォロワーに嫌われないように」とか、「誰にも嫌な思いをさせないように」と考えて、どんどん自分を窮屈にしていった。誰にも嫌われないなんて無理な話なのに、である。
本を読み終えた私は「他人の言動についてはゆるく考え、自分のことに集中する」と決めた。手始めにX(旧Twitter)のアプリを削除した。仕事で使う機会があるのでPCからログインはするものの、あまりタイムラインをじっくり見なくなった。フォロワーが3万人ちかくまで伸びていたInstagramは、もうログインしていない。
変化はすぐに訪れた。まず、他人の目を気にしなくなった。SNSのタイムラインを見ないので、他人の動向や意見を目にする回数が減ったのだ。
最初は「いいねやコメントをしないと嫌われるのではないか」と思った。だが、そのくらいで嫌ってくるような相手とはそれまでの関係値だ、と割り切った。本当に好きな人とは、SNS経由ではなく直接会って話せばいい。
くわえて、仕事では希望の単価を伝えるようにした。以前は嫌われるのが怖くて、相手の言い値で仕事を受けていたのだ。思い切ってクライアントに「〇円だと助かります」と伝えると、あっさりOKしてもらえて驚いた。もっと早く言えばよかった。
トイレに行くのが億劫になった半年前、私は不満を抱えていた。ひとつは、まわりの人に対する「もっとこうしてくれればいいのに」という不満。もうひとつは、その要望を相手に伝える勇気がない自分への不満。
『ゆるストイック』は、その不満を生まないためのヒントを教えてくれた。他人の言動については、否定的な視点を持たずに「あの人はこうしているんだな。ふーん」と思えるようになった。
自分のことについては、思い切って意見を言うようにした。期待通りの反応をもらえないこともあるが、それも「ふーん。まぁ仕方ないか」とあっさり受け止めている。
実はいまも、半年前と同じくらいか、それ以上に忙しい。でもさいわいキャンセル界隈にはならず、普通にトイレに行けている。私のなかに「ゆるストイック」のマインドが育ってきた証ではないかと感じている。
文/穴山 悠理
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