「ポォ!」の数だけ豊かになる(十津川村 秘境の清流)【チェアリング思考/第4回】
画家であり美容師であり、そして今はライターとしても活動したいと思っている私は、4年前から「チェアリング」を始めました。アスファルトの上でも自然の中でも、椅子に腰かけると、そこが自分だけの空間へと変わります。そして思考が攪拌されていきます。ここで生まれる思考のことを、私は「チェアリング思考」と名づけました。今回は今年の8月に行った、奈良県十津川村にある秘境の清流でのこと。
「ポォーーッ!! ポォゥッ! ポォーーー!!」
セミが大合唱する山深い秘境の清流に、雄叫びを響かせる。清流の中に太ももまで立ちこみ、右手に持った9メートルの釣竿を大きく曲げる。糸の先端が下流へ走り、清流をかき乱す。釣竿を夏空へ向け、グッ! と押し上げると、糸の先端に掛かった2匹の鮎が波をつき破る。2匹は水面ギリギリを舞い踊りながら、こちらへ向かって飛んでくる。左手に持った丸いタモ網で鮎をキャッチすると、ふわりとスイカの香りが鼻を抜ける。清流の女王と呼ばれる鮎は別名、香魚(こうぎょ)とも呼ばれており、天然鮎はスイカの香りがする。拳を握り、再び「ポォ!」と叫ぶ。
「ポォ!」は突然口をついて出てきた言葉だった。最初は自分でも「ポォ! って、なんやねん……」と思ったが、「よっしゃー!」よりも、よろこびを爆発させた瞬間の言葉としてしっくりきた。以来、鮎を釣り上げる度に叫んでいる。街でやると通報レベルだ。
鮎釣りが解禁する6月からシーズン終盤の10月まで、ほぼ毎週のように大阪から奈良県十津川村へ車で往復4時間以上かけて通う。秘境の清流で1日8時間、足がフラフラになるまで釣竿を握っている。迎えたシーズン6年目、2024年は300匹を釣り上げることを目標にしている。
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8月後半、今週も秘境の清流へやってきた。今日は昼食時に浅瀬でチェアリングをしながらカップヌードルを食べようと、折りたたみ椅子とガスバーナーを車に積み込んできた。しかし、釣竿を握るやいなや、次々に鮎が掛かる。昼食をとることをやめ、夢中で釣竿を曲げる。「これまでで1番の釣果になりそうやん!」と胸が高鳴った。鮎釣りをはじめてからの5年間。竿は4回折った。糸は何十回も切れた。1匹も釣れない日もあった。失敗から学んだ教訓と鮎釣りの師匠から学んだ知識を実践でいかし、秘境の清流に過去新記録となる40回の「ポォ!」を響かせた。
時計の針が16時を超えた頃、足がフラフラになり釣竿を置いた。ようやく昼食の時間だ。誰もいない川原で折りたたみ椅子を収納袋から取り出し、脚のアルミポールをカチャカチャと鳴らし組み立てる。ガスバーナーでお湯を沸かし、カップヌードルに注ぐ。蓋をしてすぐに、左手にカップヌードル、右手に折りたたみ椅子を持ち、サラサラと流れる浅瀬に椅子の脚をつけた。
今日のチェアリング場所が決まった。秘境の清流に無数の赤トンボが舞っている。先週には無かった光景だ。腰を下ろし、お尻を左右にゆする。ゴリゴリと川底の小石をかき分け、椅子の脚をめり込ませた。と同時に、カップヌードルの蓋を開ける。乾燥した小エビはまだ硬く、丸い卵の具材も膨らんでいない。フォークでぐるりとかき混ぜると、麺が容器の形のまま持ち上がる。せっかちすぎる。いつも3分を長く感じ、待つことができない。強引に麺をほぐし、勢いよくすする。清流で食べるカップヌードルは最高のごちそうだ。
食後、折りたたみ椅子の背もたれに体を預け直した。360度、緑に囲まれた秘境の清流に、アブラゼミとミンミンゼミの混声合唱が響き続けている。耳を済ませると、ツクツクボウシの声も混じりだした。つってしまいそうな足を伸ばし空を見上げると、赤トンボの群れが2段3段と重なっている。赤トンボの透けた羽を光が抜け、空がきらめいている。まるで見えない糸で天から吊るされたオーナメントのようだ。サラサラと流れる浅瀬の波立ちは、西日をまばゆく跳ね返している。深場の碧く澄んだ川底へ目をやると、あちらこちらがギランッ! と輝く。大きく成長した鮎が体をくねらせ苔を食んでいるのだ。光に包まれた秘境の清流は、秋の扉が開こうとしている。
日が傾き、水面に山の影が伸びてきた。
胸いっぱいに空気を吸いながら、肩をグーっと持ち上げる。呼吸を止め「1、2、3」とカウントした後、ガクンと肩の力を抜き、息をはき出した。空っぽになったカップヌードルの容器を膝へ降ろし、まぶたを閉じた。呼吸のリズムが深くなっていくと、思考がふわふわと頭の中を漂いだした。
カップヌードルが出来上がるまでの3分は長い。なのに、釣竿を握っている8時間は短い。普段、自分にとって速くすぎる時間はどんな時だろう。仕事をしている時、かな……。思考が攪拌されていく。
美容師としてゲストに向き合っている時間はどうだろう。カウンセリングでゲストの髪の悩みを聴き、「どうやって解決しようか」と考える。髪の状態に合わせてカラーやパーマの薬剤を調合し、ハサミを動かす。そんな時間は、瞬く間に過ぎていく。
画家としてはどうだろうか。早朝から真っ白な水彩紙を机に置き「どうすれば綺麗な色が出せるだろう」と、水彩絵具を混色し筆を走らせている。気づけば家を出ないといけない5分前、あっという間の3時間だ。
ライターとして原稿を書いている時はどうだろう。「あーでもない、こーでもない」とキーボードをたたく。10行書いて8行消す。時計を見ると、すでに1時間が過ぎている。「うそん。体感、10秒やん」と驚いている。
趣味の鮎釣りは言わずもがなだ。
そういえば、仕事や趣味にかかわらず、いつも「あーでもない、こーでもない」と試行錯誤している。特にはじめて取り組むことは、不器用すぎてなかなか上手くいかない。いつもヒィヒィ言って、もがいている。美容師として新しい技術を身につける時もそうだ。絵を描く時も、文章を書く時も同じだ。鮎釣りも失敗の連続だった。それでも、なんとかできるようになりたくて、失敗から学び、教えを乞い、反復練習し、工夫改善する。すると、ある日、ポッと良い結果がでる。“できない”から“できた”へ変わる瞬間がある。ゲストの髪をキレイにできた瞬間、いい絵が描けた瞬間、原稿を書き終えた瞬間、鮎をタモ網でキャッチした瞬間。その瞬間に、心の中でも、誰もいない秘境の清流でも、「ポォ!」と叫んでいたんだ。
速く過ぎる時間の大部分は“できない”時間だ。エンヤコラと手足を動かし、グルグルと脳を回転させて“できない”にチャレンジしている。そんな「ポォ!」までのプロセスそのものに没頭しているから時間の流れを速く感じていたのか……。
そうか……カップヌードルの3分は「ただ待つ」しかできない受動的な時間だ。どうりで長く感じるわけだ。
仕事も趣味も「簡単」よりも「難しい」に自分自身をよろこばせる“悦びの種”が隠れていたんだ。ヒィヒィ言いながら、でも自らそれを選んで種を育てるプロセスにこそ面白さを感じ、花が咲いた瞬間に「ポォ!」と叫んでいた。これまで「ポォ!」の数だけ人生が豊かになっていたんだ。
カナカナカナカナーと、ヒグラシの音が秘境に流れはじめた時、ゆっくりとまぶたを開けた。山の影が清流の真ん中まで落ちている。さて、今シーズンの目標300匹まで、残り62ポォだ。
あと1時間だけ竿を握ろう。
文と絵/島袋 匠矢
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