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「ライブに来てください」とは言わないEnfantsのライブに僕はまた行く

Writer hanata.jp

彼らのMVを再生してすぐに僕は「この人たちのライブに必ず行く」と決意した。去年の秋のことだったと思う。

彼らの歌の多くは生きる上での不安や虚無感、その中で見出す希望を燃料にしている。MVを見た時、画面からフラストレーションの塊が拳になって飛んできそうだった。僕は40歳を超えて、静かな音楽の方が心地よく聞こえることもある。しかし彼らの反発心を前面に出した音楽は、なぜか気持ちがよかった。

2022年から活動しているEnfants(アンファン)。まだ知らない人も多いかもしれない。Enfantsとはフランス語で「こどもたち」を意味する。けれど4人のバンドメンバーは大人だ。バンドのホームページには3行ほどで簡単なプロフィールが書かれているだけ(当時)。しかし今日のライブが行われる恵比寿のリキッドルーム、約900人のキャパシティのチケットはソールドアウト。

僕は会場のフロアに立って開演を待っていた。ステージ上ではスタッフらしき人が、場内の音楽に体を揺らしながら機材の調整をしている。やけにノリの良いスタッフだなと思った。30分くらい待って、開始時間を過ぎた。するとそのスタッフがそのままステージの真ん中に立ち、アコースティックギターを弾きながら歌い出した。声を聞いて、気がついた。この方がボーカルの松本さんだ。ぱらぱらと他のメンバーもステージ上に姿をあらわし、徐々に演奏に参加する。こんな始まり方をするライブは初めて見た。

数曲後、僕がMVを見て衝撃を受けた『デッドエンド』のイントロが始まった。歌い出しの「暗闇の中で」に合わせて、ステージは暗闇に没している。その中で一筋の光が揺れながらボーカルを照らし出した。これはMVでも似た演出をしている。歌い、何かに取り憑かれたように踊る松本さんとバンドメンバーを、揺れるライトの光が照らす。ただそれだけの演出に、目が釘付けになる。何かに対する不満と鬱憤を、Enfantsがかわりに叫んでくれている。あの日見たMVと同じ光景が目の前で再現された。Enfantsのサウンドが僕の体に響いてきて、僕の肉体を通して怒りが発散された。この曲が鳴っている間、僕は無敵になったような気分だった。

何曲目かで突然、松本さんが「ちょっと待って、ストップ!」と言った。わらわらとバンドメンバーが楽器の演奏を止める。「イヤモニ(プロ仕様のイヤホン)を久しぶりにしているんだけど、これしてると、寂しくってさ」と松本さん。イヤモニは高性能なイヤホンなので、歓声があまり聞こえないらしい。ドラムの伊藤さんが「言い訳だろ」とボソッと言った。僕は気づかなかったが、松本さんはどこかで歌詞を間違えたらしい。「そうだけどさ」と松本さん。歌では荒んでいたりぶっきらぼうな印象を感じさせたりしても、音楽が鳴り止むと可愛い会話を交わす。その後、松本さんがイヤモニを手でぽんぽんと振りながら「外すわ!」と言って、演奏が始まった。ここからは同じ空間の音を聞きながらのライブが始まる。

その後も曲間で拍手をする暇もないくらいにギチギチに詰めて、曲が演奏された。僕が衝撃を受けたもう1つの曲『Play』も演奏された。この曲では拳を突き上げる人がパラパラと出ていた。「すごく分かる、その気持ち」と僕は心の中で呟いた。ひとりきりでふつふつと考えている時に脳内を駆け回るネガティブな言葉たち。その言葉をそのまま歌詞にしたような歌だ。たぶん、この歌の登場人物は暗い部屋の隅で、体育座りをして一点を見つめている。そして底なしに暗くなっていく自分の思考を止められなくなっている。そんな歌を歌うバンドを900人近い観客と一緒に見つめている。この空間が、不思議だった。みんなきっと、自分の中にどうしようもない孤独を抱えている。隣の客と会話をするわけではないが、ある種の通じ合いがこの会場の中には確かに存在している。

途中、ベースの中原さんが言った。「公式(アカウント)で一度しか告知していないのにリキッドルームを一杯にする、みなさんがすごいです!」。それに続いて松本さんは「正直、引いてます笑。あまり『ライブに来てください!』って言うバンドになりたくないんですよね。バンドマンとして」と言った。このバンドがたった一度の告知で900人の会場を満員にしていたという事実を知り、僕は目を見ひらいた。

最後のMCで松本さんが語り始めた。「僕にとって一番は、曲を作り続けること。ライブはついで」と言い放った。ライブ会場に足を運んだ観客に対してのその言葉に、僕は少しヒヤっとした。「でも、その中でライブに来てくれるみんなに対してありがとうと思うし、みんなからもありがとうと言われる。そういう関係でいたい。みんなも自分にとって一番のことに取り組んでいってほしい」。

僕は普段、集客に携わる仕事をしている。1,000人近くのお客さんをリアルイベントで集めるということがどれだけ大変なことかは、少しは分かっているつもりだ。お客さんがライブに来るまでには幾つもの壁がある。情報をキャッチしてくれて、時間を空けてくれて、チケットを買ってくれて、会場に足を運んでくれなければいけない。1つ1つの”壁”をいかに超えてもらうか。そこにはたくさんのコストが割かれているだろう。チケットを予約するためのQRコードをステージででかでかと掲示したアーティストも見たことがある。

集客とはそれくらい大変なことだと思う。しかし、僕の頭の中は、松本さんの一言で「ぶんっ」と入れ替わってしまった。なぜなら「ライブに来てください」と言わないEnfantsのライブに、僕自身がまた来たいと思っているからだ。それはなぜだろう。その理由を、頭の中で探した。

スーパーではきれいな色と形の野菜が並んでいる。一方で、地元の農家さんがやっている直売所には形の悪い野菜も並んでいる。しかし、直売所の野菜のほうが美味しく感じることがある。Enfantsの気持ちをそのまま聞かせてくれたMCは、直売所の野菜に似ている。「こんなことを言ったら不快に思われるかもしれない」。そんな心遣いをする代わりに、正直な気持ちを直接教えてくれた。一見違和感を感じる風合いかもしれないが、食べてみると新鮮で味が濃く、甘みがある。僕はこの味を感じたかったのだ。

帰りにはバンドの名前が書かれた小さなカードが配られただけだった。カードの形をした野菜を手にして、僕はあまりにも気持ちが良かった。

文/hanata.jp

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