コーチェラで「ATARASHII GAKKO!」が超えた8,500kmの距離
「え〜!」と、無意識に声が出てしまった声を感じながら、僕はステージではなく観客の方を見ていた。日本から8,500km以上離れたアメリカはカリフォルニアで、コーチェラ・フェスティバルに出演したATARASHII GAKKO!のステージ。日本語のコール&レスポンスに包まれていた。
世界でも屈指の豪華さと規模で開催される音楽フェス、コーチェラ・フェスティバル。音楽好きであれば1度は行ってみたいフェスではないだろうか。3日間のチケット代と4泊6日の旅費の全てを合わせて、僕はこの旅で60万円以上を使った。音楽フェスに、60万円。その価値があるのか。ただ、突然1ヶ月前に友人に誘われた時、この縁には何か意味があると、直感した。
コーチェラ1日目。日本とそんなに気温差はなかったけれど、カラッと乾燥した空気が「どうぞ遊んでください!」と言ってくれている気がした。肌の露出面積の大きな来場者たちが、るんるんとした足取りで英語で何か言いながら入口に向かっていく。
日本のフェスとは違い、客同士もスペースに余裕を持って立ち、くつろぐように楽しんでいる。アーティストに釘付けになって見るというよりかは、グルーヴに乗って揺れに来ている。そんなムードだった。そうか、これが、コーチェラか。あぁ、なんて楽なんだと思っていた。遠慮しなくていい。ふらふらと歩いていて、ぶつかったらSorryと言えば相手も笑顔で答えてくれる。隣の知らない客の会話が面白くてつい笑ってしまったら、あんたも分かってるね〜と肘で小突いてくるお姉さん。皆共通、ここでただ楽しみたいだけ、ラフに。そういう精神が皆の頭の中でつながっている感じがした。僕が60万円かけて見なければいけなかったものは、これか。そう思ってた。が、甘かった。
3日目のGOBIステージの最後のアーティスト。日本では新しい学校のリーダーズと名乗っている「ATARASHII GAKKO!」の出番だった。他にもアジアのアーティストの方のステージをいくつか見た。しかし始まる前、周りをなんとなく見回すと、彼女たちのステージの客層は、それらと少し違っているように見えた。欧米の客が、心なしか多いように感じた。現地の人たちからもある程度支持されているんだな。それくらいに思っていた。しかし、そんなレベルではなかった。
始まると同時に、僕の周りの大きい欧米の人たちが、半ば発狂しているともとれるくらいの表情で、手を上げ、ステージに向かって叫んでいる。なんだこりゃ! と口が開いたまま塞がらない、僕。ステージと観客席をあんなに交互に何度も見比べたライブは、生まれて初めてだった。彼女たちの歌には英語も出てくるが、基本的には日本語歌詞のままだ。それでも、コール&レスポンスに力強く答える観客。あなたたちに会いたかったの! という気持ちが顔いっぱいに広がり、本当に幸せそうな顔を、くしゃくしゃな顔を彼女たちに向けて、叫んでいる。
こんなことが起こっているなんて、こんな日本のアーティストが誕生していたなんて……。なんという現象だろう。この4人の女の子たちは、なんていう現象を起こしてしまっているのだろう。危なかった、見逃すところだった、ここに来ていなかったら。日本人の僕も応援しているよ、頑張れ! などとは、全く思わなかった。ただ圧倒されていた、4人の学生服の彼女たちに。
ここで初めて披露する曲を歌います! というようなことをSUZUKAさんが英語で叫んだあと、披露された曲、「ARIGATO」。その中でのコール&レスポンスでは観客中から一斉に「ありがと〜!」と叫ばれた。異国の地で、母国の言葉が自分の体の360度全方向から叫ばれ、地響きにも似た音に包まれた。肌の表面からじわじわとその土地の空気が浸透してきてその空気と自分の細胞がぷちぷちぷちっと結合していくような、ものすごい感覚。何か新しい細胞が自分の中で生まれていた。なんだこれは。こんな体験を、文部科学省とか通さずに自分個人で体験してしまってよかったのだろうか。日本の皆、聞こえてるか。
この時の感情を、感情のカテゴリで分けたとすると、たぶん、“恐怖”にカテゴライズされるのだと思う。喜びも驚きも超えた、異次元に突然連れ出されたような感覚。宇宙旅行で光年単位の距離をワープして、ワープした先に突然解き放たれたような体験だった。自分は月に来たと思っていたのに、そこには松の木が生えていたのだ。不可解すぎて、こわい。でも、日本の皆に伝えなければ。
新しい学校のリーダーズのコンサートを、日本で数回見たことがある。コーチェラでもその時と変わらず、いつも通り確実にダンスをこなす4人。どこまで遠くに行っても、いつも通り淡々と仕事ができるのだ。文字通り確固たる基本と技術があるからなのだなと、4人が踊るのを見ていて思っていた。階段を1つも飛ばさずに、地道に鍛錬を積み重ねた結果、彼女たちは8,500km以上も遠くに来てしまったのだ。やはり、地道に積み重ねた努力に勝るものはないのだなと、教えられた。
その後にステージに立つ者はいない、最後の演目を終えたGOBIステージの空っぽになった会場内を僕はうつむきながらゆっくりと歩いていた。メインステージでは世界屈指のヘッドライナーのライブが始まっている。芝生の上にはつぶれたペットボトルや何かの紙切れが散らばっていて、清掃員が細長い金属のつまむ道具でゴミ拾いをしていた。片付けをしているスタッフ以外は、ほぼ僕しかいなかったと思う。近くのステージの音が漏れ聞こえていたはずなのに、無音の世界に感じた。今さっきここで起こっていたことはどういうことなんだろう? どう理解したらいいのだろう? となんとか頭の中を整理しようと焦りながら、歩いていた。まだどこかからかさっきの歓声が聞こえてきそうだった。
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