
「いい原稿」を目指すだけじゃだめ? ようやく考え始めました、お金の話【連載・欲深くてすみません。/第40回】
フリー11年目を迎えたライター・編集者のちえみが、書くたびに生まれる迷いや惑い、日々のライター仕事で直面している課題を取り上げ、しつこく考える連載。今日は、生きていくのに大切な「お金」について考えています。
わたくしごとで恐縮ですが、2026年3月末、独立して丸10年の節目を迎えた。4月1日よりフリーランス11年目に突入です。
過去の中小企業白書などの統計データによると、10年で8割のフリーランスが廃業するらしい。キャリアチェンジを柔軟に行う時代に「続ける」ことイコール良いとは思わないが、飽きっぽい自分が10年続けてきたことには、ちょっぴり感慨がある。
さて、フリーランスが集まると「いかにして稼ぐのか」「どう生計を立てるか」の話が尽きない。生々しい「お金」のこと。
11年目のスタートを記念して、ここでちょっくら人に嫌われることを書いてみようと思う。
独立してから9年間、私は、お金について考えたり悩んだりしたことが一度もなかった。
なぜか?
ずっと仕事があったからです。
ずっとずっと依頼が絶えなかったからです。
たぶん、まあまあ、売れっ子だったからです!
はい、嫌われた。
まあ「売れっ子」とまで言えるかはわからないが、独立して2〜3年後には、自分ひとりを養うなら十分なくらい、お仕事をいただけていた。私はそれですっかり満足していた。
ちなみに当然ながら、仕事を受ける能力と、お金を管理・運用する能力は、まったく異なるものです。宵越しの銭は持たない性分のため、稼いだ分だけきれいに使い、残念ながら手元にはちゃりんとも残らない。むしろ翌年の税金が支払えるのか心配になるくらいだが、去年より今年、今年より来年のほうが稼げるだろうと楽観的だったし、実際その通りになった。
書けば書くほど、仕事がくる。頑張れば頑張るほど、売り上げが上がっていく。
1950年代後半〜1970年代の日本ってこんな感じだったのでしょうか。物心ついたときにはバブル崩壊後で、生まれてこのかた「失われた数十年」を生きてきた私。成長することを信じてやまない、かつてのこの国に思いを馳せてしまう。ライターちえみ、いま、華の高度経済成長期!
かくして、こと「お金」に関しては非常に前向きに、呑気に、鈍感に、フリーランス生活を謳歌してきた。こういうのを無知蒙昧と言う。
そんな私が「お金」について考え始めた。フリーランス10年目のことである。
*
ライター志望の方向けのセミナーに登壇した翌日だった。SNSで感想を書いてくださっている方がいて、どれどれとチェックしていたら。
「昨日は、ベテランライターのちえみさんのセミナーに参加しました!」
べ、べ、ゔぇ、ベテラン??? 何か勘違いしてるのかな、この人。私、まだ新人ですけど。
「いやあ、その歳で新人ぶるのは、むしろ老害」
会社員時代の同期にがつんと殴られた。新人同士きゃっきゃと研修を受けたのが昨日のことのようだが、気づいたら会社員の同期はすっかり自分のチームを持っている。
そう、フリーランスだとあまり自分の「年次」的なものを意識しないが、気づけばキャリア15年目とかになっていたのである。立派な中堅じゃんか。
そういえば、最近仕事相手に年下が増えた。独立した初期の頃にお世話になっていた人というと、マネジメント職に就いて、制作から離れている方も多い。
あれ? 俗に言う「フリーランス40歳の壁」ってやつ?
私、あと3年くらいで、壁?
書けば書くだけ前に進める、という感覚が、少しずつ変わり始めていた。体力的にも、労働集約型の限界はある。
*
さらに、ちょっと違う角度から「お金」について考えさせられる機会があった。
記名記事と印税である。
もともと教育コンテンツを編集したり、教材を執筆したりするところから、私はキャリアを始めた。仕事の依頼はほぼ「買い切り」——つまり版元にコンテンツの複製権などをすべてお渡しするかわりに、それなりの報酬をいただく、というスタイルだった。これは、まとまった金額が一度に入るメリットがある。
その後、雑誌やウェブ媒体へと仕事を広げていったのだが、あるとき「あれ、自分の単価が下がった?」と思うことがあった。インタビュー原稿の料金が、それまでよりだいぶ低めだったのだ。最近は媒体の予算も厳しい。お受けするか、ちょっと悩んだ。お金のことを細かく言いたくはないが、これが続くと生活ができない。
ただ、どうしても書いてみたい媒体、取材したい相手だったので、この1本限りと思ってお受けした。
ところが、このとき書いた記事が世に出たとたん、続々と異なる会社の編集者からの依頼が届いた。みな「あの記事を読んで」「クレジットを見て」連絡した、とおっしゃる。「この記事を書いた人なら」「この人にインタビューした実績があるなら」と、大きな仕事を頼まれることも増えた。
コンテンツをつくって納品し、対価をいただく。その時間軸だけで「お金」を見ていたが、それってもしかしたら視野が狭いのかも、と思い始めた。
そこにきて、印税である。2023年頃から書籍ライティングの仕事を本格的に始めた。書籍の仕事は(場合によるが)著者とライターが印税を分け合う形式が多い。2024年から2025年にかけて、いくつかヒット本に関わらせてもらい、売れることのインパクトを感じた。
印税形式か買い切り形式かは、ライター自身が希望を言うこともできる(通るかは状況による)。なかなか本が売れないと言われる時代だ。自分のことだけを考えるなら、買い切りで一定額の原稿料をもらい、数を引き受けたほうが、ひょっとしたら収入は安定するのかもしれない。
一方で、ライターの立場でも「売れる」ことに全力を尽くしたい思いがある。だとしたら、原稿料は抑えて、かわりに印税のパーセンテージを増やしてもらう交渉をすることも考えられる。リスクを負うかわりに、売れたときにちゃんと対価をいただけるようにしておくのだ。
——なーんか複雑になってきたな。
それがフリーランス10年目の、率直な感情だった。当たり前だけど、お金を得る方法や、お金になるまでの時間軸は、いろいろある。
自分の名前やブランド(というほどではなくても、何をしたい人か、何ができる人か、明確な旗を立てること)を育てていくこともいい。自分が著作権をもつコンテンツに力を注ぐのもいい。記名にはこだわらず、クライアントの課題に応えられるような仕事に全力を注ぎ、業界内で「この人はいいよ」と言ってもらえるようなプロフェッショナルを目指すのもいい。これら複数の収入構造を、並行してもっておくのもいい。
はあ〜。これまで「いい原稿が書きたい」とばかり思ってきたが、それだけでは辿り着けないところもあるのだな。遅すぎるかもしれないが、10年やって初めて気づいた。
*
「お金」の話をしてきたつもりだが、「お金」の話だけではない気がする。
自分の仕事をどう定義するか。
その定義が10年目にしてゆらぎ、自分には何ができるのか、どうしたいのか、考え始めた。実際11年目に突入してから、純粋な「書く」以外の仕事がどんどん増えてきている。
きっとこの定義は、節目節目で変わるだろう。ゆらぎながら、その時々の流れに身を委ねながら、自分像というものを塗り替えていく。
引き続き、書けば書くほど迷子です。
ただし11年目、「迷子」の質が少し変わった。
文/塚田 智恵美
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