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仕事だと好きな絵は描けない? 欲しい仕事を得るための小さな工夫【絵で食べていきたい/第6回】 

美大にもデザイン事務所にもいかなかった会社員が、30歳でフリーのイラストレーターに。とにかく何でも描いてみたい、一つでも仕事を多くとりたいと営業し、持ち込みや人からの紹介で仕事をはじめることができました。なんとか軌道にのってきた頃、また少し違う欲がでてきました。どうせなら、より自分がやりたいと思う仕事を得たい。経験も浅く、とびぬけた才能もない私にも、そんなことは可能でしょうか? 今回は私がやってきた小さな工夫の話です。 

どんな仕事も引き受けたい! 

「できることなら何でもやります、できないことでもやらせて欲しい」 

これは駆け出しの頃、私のポートフォリオサイトのプロフィールに書いていた言葉です。とにかく何でもやりたいという、前のめりな気持ちがあふれています。実際、絵が描けるならどこにでも描きたい、そこに余白があるなら私の絵で埋めさせてほしい、それ程の欲がありました。 

「仕事となると、趣味とは違うので好きな絵は描けない」といった言葉を目にすることがあります。でも当時の私は、そもそも絵を描くこと自体が好きなのだから、好きな絵も何もない、とにかく描ければいいと思っていました。むしろ人のリクエストに応えたり、制約があったりするほうが燃えるタイプだから、色々なタッチの絵を描ける方が楽しいだろうと思っていたのです。 

そんなわけで、どんな仕事も取りこぼしたくないと、ポートフォリオには色々な画風やモチーフの絵を載せました。そういうポートフォリオを持っていくと、時には「あなたが一番描きたいのはどれなの?」「何でも描けると言われるとかえって発注しにくい」というご意見を頂くこともありました。でもおおむね、私の持ち込み先には「これなら色々頼めるね」と喜ばれ、重宝されることが多かったのです。 

ただ、このやり方は、イラストレーターとしてポリシーがなさすぎるのでは、あるいは本当にこの人が描いたものなのか、と疑われる危険性もあるのではないかと思いました。それで、私のペンネームは「白ふくろう舎」という、個人なのかグループなのか、よくわからないものにしました。それに、色々なタイプの絵を描く人が集まったグループだと思ってもらえば、あわよくば、同じ媒体から同時に複数の仕事を受けることもできるのではないかという狙いもありました。そして実際、雑誌の同じ号で、何人かの編集者さんから別々の企画のイラストを頼まれることもありました。 

何でも描きます、と言ったけれど 

しかし、何でも描ける、描きたいと、仕事を受け続けるうちに、わかってきたことがあります。当たり前ですが、私にも得手不得手があり、何でも描けるわけではないという事実です。描くのに時間がかかりすぎて仕事としては割に合わない、何より描くのが辛い、という場合もあります。車を描くのが苦手ということは前に書きましたが、建物や間取り図、細かい部品の説明図のような絵も、本当に向いていませんでした。女性誌で間取り図? と思われるかもしれませんが、当時、読者の部屋を間取り図風に紹介するという人気企画があったのです。部屋を上から見て家具の配置やお気に入りインテリアを紹介するもので、得意な人ならとても楽しい仕事だと思います。でも私はいまひとつうまく描けませんでした。 

ところが、苦労しながら描いたイラストでも、雑誌に載ると「こういう絵も描けるんですね」と他社から依頼が入って、その仕事が増えていくものです。不思議なことに、仕事にも流行のようなものがあり、マンガならマンガばかり、美容のカットならそればかり、一気に同じような仕事が重なることがよくあります。 

何度も頼まれて描いていれば、苦手だったものもそれなりにうまくなってきます。うまくなり、要領もわかって早く仕上がるようになると、やはり嬉しいものです。でも、それでいいのだろうか。ふと、以前に聞いた同業の先輩達の会話を思い出しました。 

ある先輩が言いました。「仕事で、特に目指したい方向ではないタイプの絵を受け続けていたら、描きたい絵よりもどんどんうまくなってしまって複雑。不得意な絵を断ってでも自分の描きたい絵だけを描くべきかもしれない。けれど家族もいて生活がかかっているから、仕事が減るのも困るので悩んでしまう」と。 

すると別の先輩が「それを聞いてしまうと、あなたに仕事を紹介したいときに、こういう仕事は嫌なのかもしれないと思って、頼めなくなっちゃうよ」と言ったのです。その時、たしかにそれもそうだと思ったのでした。この会話は仲間内だからいいけれど、発注者に対して「頼みにくいな」と思われるのは困るなと。 

だったらもう描きたくない絵柄は、依頼されないようにポートフォリオからはずせばいいだけではないか、と言われるかもしれません。その通りなのですが、それだけでは解決しない場合もあります。なぜならその絵柄をはずしたとしても、発注者はポートフォリオに載せたものを通販カタログのようにそのまま発注してくれるわけではないからです。おしゃれな女性のイラストを載せていても、「この雰囲気がいいから、この感じで女性ではなく虫を描いて!」と言われることもあります。数種類の絵柄が入っていると「色々描ける」ように見えるかもしれません。が、「何でも描ける」訳ではないのです。この違いはなかなか外からはわからないのです。ましてや、描いてみるまで本人にもわからないこともあるのですからなおさらです。 

ちょっと話が逸れました。とにかく仕事を選ぶとしても、「選り好みをする人」という印象を与えるのはよくないな、と思いました。苦手なものはあるけれど、できるだけ色々描きたいという思いは変わっていません。それに、これしかやらない、ときっぱり言い切れるほど、確立した画風も知名度もありませんでした。しかも私は飽きっぽいので、あまり仕事の幅を狭めてしまうと、好きだったはずのものさえ、もういいよお腹いっぱい、という気持ちになりかねないかもしれません。 

という訳で、色々頼めそうという印象は変えずに、自分がその時やりたい仕事をできるだけもらいやすくする方法を自分なりに考え、試してみました。 

「これをやりたい」は私の都合 

まず意識したのは、伝えるときの表現をポジティブにすること。「これは苦手」「描けません」ではなく、「こういうイラストが得意です」「こういうテーマをやってみたい」という方向で押すこと。これはもう今のSNSなどでは当たり前のようになっていて、プロフィールにやりたい仕事や興味のあるジャンルを書いておく、名前の後ろにやりたいことをキャッチコピーのようにつける、ハッシュタグで#〇〇がしたい、と書き込むなど、色々な人がやっています。 

イラストレーターになりたいと思った時も同様ですが、自分がやりたいことを宣言するのは第一歩です。実際、私が「コミックエッセイを描いてみたい」と思い、それを言い始めたら、同業ですでにコミックエッセイを描いている友人が仕事を紹介してくれたこともありました。この時は、原作付きの企画で、制作のための取材も終わっているけれど、作画担当の人が都合で描けなくなってしまった、その代打でした。これはまさに宣言していたからこそもらえたチャンスだと言えます。 

でもここでひとつ考えたいのは、「私がやりたい」というのはあくまで私の都合だということです。もちろん、「そうかやりたいのか、応援しよう」とRTやシェアをしてくれる人はいるでしょう。私の友人もそう思って、わざわざ仕事を紹介してくれました。でもやはり、紹介してもらえたのは、すでに同業者としての信頼関係があってこそだと思います。そういった関係なしに、私の「やりたい」という発信をたまたま発注者がみつけて、「そんなにやりたいならやらせてやろう」と依頼をもらえるには、よほどの運や、作品に魅力がないと難しいかもしれません。もちろん、未経験でもやる気があるとか、他の仕事では実績があるとかいったことが伝えられれば可能性はあがりますし、表明すること自体は無意味ではありません。 

既存の顧客で実績を作り、新規の顧客にアピールする 

ポートフォリオの時も書きましたが、ここでもやはり「私がやりたい」という自分目線から、相手の目線で考えることへのシフトが大事だと思うのです。そこで、やりたい仕事をもらえるように私がした工夫は、既存の顧客と新規の顧客でアプローチを変える方法です。 

例えば、すでに何度も依頼をもらっている編集者さんには、一つの仕事が終わったタイミングで「最近こんなものを描いています」と、自分がやってみたいタッチのサンプルを渡すようにしました。こういう提案は、すぐには実を結ばなくても、ちょうどいい企画があった時には「前に見せてもらった、あのタッチでお願いします」と頼んでもらえる確率が高かったと思います。何度も発注をくれる編集者さんは、私のことを良く知っていて、ある程度信頼してくれているので、新しいタッチでもまかせやすいからではないかと思います。毎回何か面白い、新しいことができないかを考えているようなタイプの人なら、なおさらチャンスがあります。ちなみに、駆け出しの時に仕事をくれた編集者さんたちには、このタイプの人が多いように思います。持ち込みをしてきた新人をつかうこと自体がチャレンジだからです。 

一度そのタッチをつかってもらえばしめたもの、もう「実績」です。面白いねとでも言ってもらえばさらに百人力です。すかさず掲載のお知らせとともに「最近、こういうタッチも人気です」「この企画が好評でした」と、他の発注者さんたちにも紹介します。とにかく、実際に仕事をしたという事実は強いのです。多くの発注者は「描けます」の言葉より「描きました」という成果を、それも実際に仕事として世に出たものを信用します。こういった実績の紹介に、私はSNSやブログ、ニュースレターなどを使います。このニュースレターというのは、数か月に一度、不定期に、何かお知らせしたいことができたらお送りしているものです。レターの送付先は過去に依頼してくださった方々なので、見てくださるのはすでにリピーター。全員が「常連さん」ではありませんが、それでも新規の方よりも仕事をもらえる確率が高いのです。実際、紹介した新しいタッチを見て、数年ぶりに発注してくださる方もいました。 

折角できた実績は、もちろんホームページにも追加しておきます。この場合にも、既存の発注者と、新規の発注者へのアプローチを分けて考えた方がいいと気づきました。例えば、既に私を知っており、依頼したいけれど今回はどんなタッチにしようかと迷っている人がサイトを見に来てくれたとします。この場合なら、新しい実績サンプルをこれまでの作品と一緒に並べておけば「こんなタッチもあるのか」と、そこから選んでくれるかもしれません。でも、私を知らなくて、今まさに私が推したいタッチを使いたい発注者がいたとしたらどうでしょうか。この「既存のサイトに新しいタッチサンプルを加える」という方法だけでは、検索しても私にたどり着けないと思います。まずタッチありきで探している新規の発注者に、私を見つけてもらいやすくするには、また別の工夫が必要です。 

というわけで、私はいくつかのタッチについては、簡単な別サイトを作ったり、SNSのアカウントを変えたりして、同じタッチだけまとめてみました。もちろんこの別サイトも、ニュースレターなどで既存の方にもお知らせします。それとは別に、検索などで見つけてくださった新規の方からの依頼もたまに入ってきます。こちらのタッチを主力にしようとせっせと宣伝しているわけではないので、劇的な変化が起きたとはいいませんが、検索にはかかりやすくなりますし、作り分けた効果はあるようです。 

サイトやアカウントを分けるよりももっと小さな工夫もあります。実績サンプルはまんべんなく並べるのではなく、その見せ方を意図的に変えるのです。サイトやSNSであれポートフォリオであれ、自分が今やりたい方面の仕事実績は、昔のものでも、目立つところにいくつも、何度も出していく。そうすると、やりたい方の仕事をより多く見てもらうことができます。自分のやりたい仕事は変わっているのにサイトやポートフォリオは以前のままという人も多いのではないでしょうか。今やりたい方向が他者にもきちんと伝わり、アピールできているか、時々見直すと良いと思います。 

ちなみに「何度も同じような投稿をするのはしつこい」「新しい情報でないと価値がない」と、古い情報を繰り返して紹介することをためらってしまう人も多いと思います。でも、本人が思うほど他人は発信した内容を見ていないし、覚えてもいません。同じ人がずっと自分のSNSを追ってくれているわけでもありません。長い付き合いの編集者さんが、自分としては飽きるほど何度も紹介した昔の仕事をアップしたとたん「これすごくいいですね! こんなのも描けるんですね」と反応してくださることなどしょっちゅうです。SNSで営業メインの仕事のアカウントと、私生活のアカウントを分けている同業の方も多くいますが、それも良い方法だと思います。営業用と割り切れば、同じ情報を繰り返し宣伝することへの心理的負担もなくて済むからです。 

今回書いてきたことは、自分がよりやりたい仕事を得るために、私なりに考えてやってきた、日々のごく小さな工夫です。地味だし、誰でもやっているかもしれません。けれどこうした工夫を重ねた結果、少しずつ自分のやりたいことと、受ける仕事とが近づいていったという実感があります。 

ちなみに、もっと思い切ってやりたいことを絞るなら、その分野を得意とし、実績もある他のイラストレーターたちと同じステージで戦うことになります。その分競争率が高くなるのは必至で、そこで競い合っていく覚悟と戦略が必要です。「色々描きます」から絞り込み、大きく方向を変えようと舵を切ったことが私にもありますが、その時に何をしたかはまた稿を改めて書きたいと思います。 

文/白ふくろう舎

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