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2つの塔【さとゆみの今日もコレカラ/005】

宮大工の祖父と奈良の薬師寺に行ったことがある。

薬師寺といえば、「凍れる音楽」と評される三重の東塔だ。平城京最古の建造物といわれる。

まだ世界遺産になる前だったが、桜の季節だからか、東塔の周囲は人であふれかえっていた。カップルもグループもみな、東塔を背に写真を撮っている。

ところが祖父は、その東塔には目もくれなかった。人のほとんどいない西塔まで迷いなく進むと、その周りを牛歩のごとく時間をかけて歩き、下から覗き込んでは頷き、なるほどとひとりごちて後ろに下がり塔を仰ぐ。ひとしきり鑑賞したあとは離れたベンチに座り、ぴくりとも動かずその赤い塔を眺め続けていた。

私は、その横にちょこんと座る。父と母はいつの間にかいなくなっていた。その目には何が見えるのだろう。おじいちゃん子だった私は、視線の先をたどった。

あとで知ることだが、私たちが訪れた時は、西塔が完成してまだ 10 年足らずだった。赤い。というか朱い。キラキラしている。全然侘びてないしさびてない。出来立てほやほや感のあるその西塔は、子どもの私から見ても権威性に欠けるように思えた。

「ねえ、おじいちゃんはどうして、みんなみたいにあっちの塔を見ないの?」

20 分は経ったはずだ。しびれを切らして聞いた私に、祖父は

「うん、そうだなあ。おじいちゃんは、こっちの塔の意匠を見たかったんだよね」

と、言った。

いしょう?

そう。デザインのこと。あちらの塔を真似して作られているけれど、新しいこともたくさん試している。素晴らしい仕事だよ。あと 1000 年経ってどちらも充分古くなったら、西塔の方が評価されるだろうね。

色の違い以外、2つの塔の差異はわからなかったけれど、人とは違う価値観を持って西塔を見る祖父は、とんでもなくカッコいいと思った。

「来てよかった」

祖父はそう言うと、やっと腰を上げた。私は、祖父の背中を追いかける。敷地を出るとき、もう一度2つの塔をかわりばんこに見た。

あの日目に焼き付けた2つの塔を、私はその後何度も思い出した。祖父の視線の先にあった何かを、私も見たいと思って生きている。

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