
優しい。厳しい。正しい。【さとゆみの今日もコレカラ/017】
優しいの対義語は何だろう。
すぐに思いついたのは、冷たいだけど、辞書をひくともうひとつ、厳しいもある。子どもに聞くと、優しいの反対は怖い、らしい。
私自身が、優しいと対をなす言葉だと思っているのは、正しい、だ。一念発起して優しい人になろうと思ったとき、正しいことを言うのをやめようと決めた。
若い時は、偉い人たちに正論をぶつけるだけで面白がってもらえた。それができれば苦労しないよ、と苦笑いされながらも、でもやった方がいいですよねと詰め寄ると、本当にトップの人は大抵「見込みのある奴だ」と登用してくれた(その下の人たちには嫌われた)。
でも、十分に歳をとった今は違う。正しさを判断基準にすると、人を斬ってしまう。いくら正しくても、斬られたら、人はついていけない。
一方で、人の「正しい」には、なるべく耳を傾けたい。なぜそうしたの? なぜこう書いたの? を聞くと、それぞれの「正しい」があるとわかる。みんな理由があってそうしたし、そう書いたのだ。そこには個々の「正しさ」の基準がある。手を抜いたのではなく、正しいことをしたのだと信じているから、修正されると驚くし傷つく。
大抵のすれ違いは、お互いが信じる「正しいの神様」の宗派違いで起こる。意地悪しようとか出し抜こうとかではなく、正しいことをしたつもりの時に、すれ違う。
真剣を振り下ろしそうになったときは、一呼吸して「どうして、そうしたの?」と聞こうと思う。私の「正しい」もまた、私が信じる宗教でしかない。


