
「ラ」の音が鳴る場所【さとゆみの今日もコレカラ/第 63 回】
オーケストラが演奏前に「ラ」の音でチューニングをするように、自分の聴く音出す音に自信が持てなくなった時、立ち返る基準音のようなものを持っていると安心する。
書きすぎて文章が荒れているのではないかと思うとき、情報を受け取りすぎて不安になるとき。揺れてるとき、傷ついているとき、怒っているとき。ここに戻れば深呼吸できるという場所があると安全だ。
どんなに自分が焦っていても慌てていても、ここで流れる音楽は美しい、文章は美しいと絶対的に信頼できる「ラ」の場所があると、自分の性急に気づくことができる。その場所でしばらく座っていれば、浅かった呼吸がじきに整う。
そういう「ラ」の音が鳴る本が何冊かあるのだけれど、ここ最近は牟田都子さんの『文にあたる』が、私にとっての音叉だ。
校正者である牟田さんが、たった一文字に指摘を入れるかどうかを何日間も精査し続けるさまを読んでいると、心の中の凸凹がならされていく。目先の「急」に慌てる自分の時間軸が戻る。自分にできることを、ひとつずつ。この場所でできることを、ひとつずつ。
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【この記事をおすすめ】
コンテンツに関わる人たちの間では、「映画は監督のもの」「ドラマは脚本家のもの」「舞台は役者のもの」とよく言われます。つまり脚本家を知ればドラマがより面白くなる。


