
ピアノと雨と電線と【さとゆみの今日もコレカラ/第 76 回】
数年前、マンションの隣か上下のどちらかに、ピアノの練習をしている人がいた。まだ初心者で、同じ場所で何度もつまずく。自分も長年ピアノを習っていたから寛大でありたいと思うけれど、正直なところ、あと何年これが続くのかなあと思っていた。
でもある時、息子が「ねえ、ママ、ピアノの音っていいよね。僕、癒されるよ」と言ったので、ハッとした。「何回もつかえていたところが弾けるようになるの、すごいよね」と言うから、その日からピアノの音が耳に柔らかく届くようになった。
世界なんて、愛する人のひとことで簡単に変わる。
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昔、好きだった人が、「雨の日曜日っていいよね」と言った。それは、細い糸のような雨がさらさらと降る日だった。窓の外を眺めながら、ぽつりとつぶやいたときの、その横顔の輪郭を今でも覚えている。以来、日曜日に降る雨が好きになった。日曜日に降る雨のことを、私はそれ以外の曜日の雨より愛しいと感じる。
空が綺麗だなとか、桜が美しいなと思って見上げるとき、電線が視界に入るのが嫌だった。台無しじゃないかと思っていた。だけど、やはり愛した男性が空を見上げ「電線って、日本ぽいよねえ」と優しい声で言ったその日から、それがいじらしく見えるようになった。写真を撮ろうとカメラを向け、そこに電線が映り込むと、今でもちょっと笑顔になってしまう。
世界を変えるのなんて、簡単だ。誰かを好きになればいい。
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出窓から晩秋の柔らかい光がさっと差し込んだ。本当に数秒のことだったけれど、その光が隣で笑うNちゃんのしゅわしゅわとした光の粒と合わさる。「やりたいこと」をひとりきりで完結していたら決して出会えない、とても尊いシーンだった。


