
仕事とプライベートの両立【さとゆみの今日もコレカラ/第 136 回】
この仕事をしていて一番よく聞かれる質問が「仕事とプライベートの両立はどうしていますか?」だ。
この質問、私にとってはとても不思議な質問だ。なにが不思議かというと、おもに2つ理由がある。
まず、私にとって仕事とプライベートは、とくに分かれていない。
たとえば先日私はライターの友人と飲んでいた。5時間も話し込んでいたらしい。内容はほとんどライティングの話だったけれど、その時間はプライベートの時間でもあり、仕事のことを考えている時間でもある。私の仕事とプライベートは、いつも曖昧に混ざっている。マーブルな時間。
仕事とプライベート、どう切り替えているのですか? と聞かれることも多いけれど、切り替えていない。ずるっと全部、私だ。365 日ワーケーションしているような感覚かもしれない。
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そして、もうひとつ。
これは最近よく考えることなのだが、時間は、使えば使うほど、増えるものではないだろうか。
たとえば、「仕事とプライベートの両立」というと、どちらかを立てればどちらかが犠牲になるイメージがある。24 時間の円グラフがあって、仕事を8時間したら、残りの時間は 16 時間、みたいな引き算のイメージ。
でも、何かに時間を使うことはそのようなバーター行為ではないように思うのだ。
何かに時間を使ったら、一見、残り時間が減るように思える。でも、私は何かを経験したら、その経験はほかの行動にも影響を与え、残りの時間を豊かに増幅することが多いと思う。
これは多分みんな感覚的に気づいていると思うけれど、推しのライブに行った時間でぴちぴちになった HP は、仕事の時間も元気にしてくれる。読書をして思考の旅をすると、セレンディピティやコネクティングドットが生まれ、本業にインスピレーションを与えてくれることも多い。
仕事とプライベートは 24 時間を奪い合う存在ではなく、互いに複利を生む存在だと考えてみる。
映画を観ること、運動すること、本を読むこと、子どもを育てること、怪我をしたり病気をしたりすること、恋をしたり恋に破れたりすること。そこに費やした時間が、それ以外の時間を豊かにする。
どちらかに時間を使えばどちらかが減るのではなく、むしろ増える。
24 時間の円グラフを何かに使ったら、残り時間が減るように見えるかもしれないけれど、実は、その円グラフ自体が大きくなっているようなイメージだろうか。
とくに、みっちり時間を費やしたことほど、大きな複利を生む。タイパ、タイパと言って切り詰めた時間ほど、単なる引き算になって人生を切り刻んでいくのではないか。
私が身を振り返ってみても。
子どもが生まれてから、できなくなったことより、できるようになったことが多かった。
身体が弱くなってから、できなくなったことより、できるようになったことが多かった。
時間は、引き算じゃなくて掛け算。
のような気がしている。
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見終わった後は「明日はどうなるかわからないけど、とりあえず今日は好きなことやろうや」と肩をたたき合うような気持ちになりました。自分にとって
「遠い」存在だったものと、こうして気持ちでつながることができる。私が創作物を素晴らしいと思うのはまさにこの点です。


