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ままならない人生を、もがいて人は再びつながろうとする。『さよなら ほやマン』

みなさん、『ブギウギ』観てますか-? NHKの朝ドラ、あの笠置シヅ子がモデルの物語です。

シヅ子がモデルなら観なきゃなるまい(知り合いか)、と毎日楽しく視聴するうち、主人公の弟「六郎」役の俳優さんが気に入ってしまいました。途中で戦死しちゃうんですけど。

折角お気に入りの役者さんができたので検索してみたら、彼、黒崎煌代さんが出演している映画の情報を見つけました。それが『さよなら ほやマン』です。

「ほやマン」……。タイトルとポスター画像からでは、いまひとつ内容がつかめません。しかもその映画情報を見つけた日は、近隣映画館での最終上映日でした。観られなくて残念だと思っていたら、ポレポレ東中野で上映するとの情報が! この話を飲みの席でしたところ、「私もラジオでその映画の話をきいたから行きたい!」と友達が言うので、一緒に観に行ったのです。

事前の情報は予告編のみ。震災後の石巻市が舞台らしい。震災か……。あの日のことは私にも間違いなく影響を与えたけれど、当事者とは言えないし、自ら当事者になろうと、がっちり関わろうともしなかった。そういう後ろめたさともつかない気持ちが、この言葉に触れるたびに湧いてきます。とはいえ、そんなうじうじした感情は私の問題で、だから観るとか観ないって話にはなりません。なにより映画としての評判もよさそう。

映画はいきなりタイトルの『ほやマン』の動画からはじまります。あ、私、「ほや」のアクセント間違って覚えていたわ。へえ、ほやの生体って面白い! と、ツカミからしっかり映画に入りこめました。石巻市からフェリーで渡る小さな島。そこでほやをとりながら、弟シゲル(黒崎煌代)と暮らす兄、アキラ(アフロ(MOROHA))。そこに東京から、大層態度が悪く、いかにもワケありな感じの漫画家、美晴(呉城久美)がやってきて……、というのが映画のあらすじ。

ここから借金、ワケありのよそ者、障がいのある弟を持った兄、行方不明の両親、震災の記憶、そして起死回生を狙ったYouTube動画の制作と、ドタバタやユーモアをまじえた色々な事件が起こっていくのです。が。

展開するストーリーにハラハラしたり、笑ったり、腹をたてたり。でも全編を通して感じるのは、人生の「ままならなさ」でした。誰もがそれぞれに何かにとらわれ、思うように生きるどころか、自分の思いに気付くことさえままならない。

過去の行動への罪悪感や後悔といった感情だけでなく、愛情や責任感、まさに「絆」とも呼べる気持ちこそがしがらみとなって、人をとりこむ。ほがらかに生きているように見える隣人の「春子ちゃん(松金よね子)」だって、ある後悔から、島を離れることを自らに禁じています。

ああ、人生って本当にこういう感じだ。この感じは私にもわかる。私はここまでの大ピンチに追い込まれたことも、背負うものも今はないけれど。本当に、ままならないことばかりだよね。でも、そのままならなさは、自分にしか見えない。守られて明るく生きているように見える人も、全てのしがらみを捨てて一人で生きているように見える人も、等しくままならない。そのうち本当の気持ちに目をつぶり、そこで生きることが人生なのか?

海に囲まれた明るい島で、しがらみにとりこまれたアキラたちの関係に風穴を開けたのは、よそ者である美晴でした。「グーかパーで」殴り合うような、めちゃくちゃで不器用な関係は、心の奥底に隠れていたそれぞれの本心を目覚めさせていきます。それは新たな関わりと再生のきざしでもあるのだけれど、そう簡単にはまとまらないのがこの映画のリアルで繊細なところ。「ほやマン」の着ぐるみや、自然豊かな島のロケーションが寓話感も醸し出しながら、この映画に嘘のなさを感じるのは、観る側にとって都合の良いセリフや展開がないせいかもしれません。監督の庄司輝秋氏が石巻市の出身であること、また脚本が出来上がるまでに5年かけたというのも納得です(これは本作のプロデューサー、山上徹二郎氏がアフタートークで言っていました)。

「物語であれば、こうあって欲しい」という期待や予想をさりげなく裏切りながらも、不思議なほど爽快感のあるラスト。見終わった後は「明日はどうなるかわからないけど、とりあえず今日は好きなことやろうや」と肩をたたき合うような気持ちになりました。自分にとって「遠い」存在だったものと、こうして気持ちでつながることができる。私が創作物を素晴らしいと思うのはまさにこの点です。これこそが「クリエイティブ」!

そうそう、創作といえば、マントの大漁旗をなびかせてさっそうとバイクで登場する「ほやマン」の造形や、美晴がつけペンで描く少しレトロな少年誌風の原稿。宮城県出身の「萬画家」、石ノ森章太郎氏と、彼の生んだ国民的ヒーロー『仮面ライダー』を連想せずにいられません。 

ところで肝心の役者さんですが、観始めたら誰がどうのということはすっかり忘れ、それぞれの役にしか見えなくなってしまいました。後で調べたら、主演のアフロさんはMOROHAというバンドのMCで、今回映画初主演とのことでまたびっくり。どの登場人物も、厚みがあって魅力的。映画の撮影には3週間ほど、キャストもスタッフもロケ地の網地島に泊まり込んだそうで、時々登場する島の人たちもとてもいい雰囲気です。

さらにアニメーションや音楽の使い方が効果的で面白く、ロケーションも含めて「映画でしかできない表現」を堪能しました。私は映画に詳しくないけど、やっぱりいいものだなあ。

最後にどうしても気になったことを一つ。いくら産地だからって、「ほや」をあんな、あんな風に食べていいのか!!?? 見終わった後は、きっとほやが食べたくなってしまうはずです。

文/白ふくろう舎

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