
ラストサパー【さとゆみの今日もコレカラ/第 177 回】
昔、表参道のある美容院のオーナーさんから、折り入って相談したいことがあると呼び出しをされたことがある。結婚して田舎に帰り、実家の美容院を継ぐというスタッフに、東京に残るように説得してほしいというものだった。 その女性美容師さんは、私が知っている中でも群を抜いてセンスがよかったし、お客様にめちゃくちゃ愛されていた。おそらく業界を代表する美容師として、この先活躍しまくるだろうと思っていた。
彼女自身も野心が強い人だと思っていたから、東京を離れるという話にびっくりもした。結婚相手は地元の人で、実家の美容院を手伝いながら、いずれ子どももほしいと話しているそうだ。
そのオーナーさんが言うには、「せっかくここまで修行してきて、これからというときに勿体無いと思うんです。お客様だってがっかりされると思います。彼女、増田さん(当時の私の苗字)をとても信頼しているので、増田さんが説得してくれれば、考えを変えてくれるのではないかと思って」という。お店としても、ファンの多い彼女を失うのは辛いことだろう。私だって、彼女がいなくなるのは寂しい。これから彼女としたかった仕事がたくさんあった。
でも私は、説得はできませんとお答えした。表参道で磨きに磨かれたセンスや技術を、東京で披露するのだけが人生の幸せじゃない。そして彼女が戻る実家のお客さまだって、表参道で培われた一流の技術を受けられるのだから幸せじゃないですか。しかも結婚して子どももほしいと話しているんでしょう? 引き止めるどころか、心から「おめでとう」と言って送り出してあげたいです。
私はそう答えた。オーナーさんはうなだれながらも「増田さんの言うとおりですよね」とおっしゃった。
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その料理が好きすぎて、通いに通ったレストランのシェフが、結婚を機に東京を離れるというので、昨夜ラストサパーに行ってきた。この数年間、この方の料理にどれくらい癒されてきただろう。嬉しいときも食べにいった。しんどいときも食べにいった。一人でも行った。友人とも行った。
シェフが辞めると聞いた時に、ちょっと信じられないくらい落ち込んだ。寂しい。悲しい。私はこれから誰のご飯を食べればいいのと迷子のような気持ちになった。そしてどうして、オーナーは「行くな」と説得して引き留めてくれなかったのと、うらめしい気持ちにもなった。人って、本当に勝手だよなあ。
今月は4回予約を入れようとして2回予約できた。最後の晩餐は本当に美味しかった。味わって食べたかったのにペロリといった。私の体の何割かは、この美味しい料理とここで過ごした時間ででいているなあと思った。私の脳の何割かは、ここで大切な人たちと話した果ての脳だなあと思った。寂しい。悲しい。でも、新しい場所でまた美味しい料理をふるまってください。ありがとうございました。
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「国の運命は、その国の国民が何を食べるかで決まる」
この国のあたたかな未来を守るカギは、食卓の上にある。
だからこそ、私は今日も家の中に残された最後の野生、台所を守り続ける。


