検索
SHARE

WE ARE WHAT WE EAT. 私たちは食べたもので出来ている。『スローフード宣言』アリス・ウォータース氏来日トークイベント

料理に関わる仕事を生業の一つにして7年が経つ。

一日の1/3ほどの時間を台所で過ごすようになって思うのは、台所は「家の中に残された最後の野生」だ、ということだ。土があって、水があって、火があって、食材といういのちがある場所。

台所には、小さな大自然が細々と宿り続けている。
落ち込むようなことがあった時も。
台所に立ち、ぐつぐつと鍋で湯を沸かし、皮むきをしたり、へた取りをしたりと食材に向き合ううちに、まるで大自然の中に出かけていってリフレッシュした時のように、私はどんどん元気を取り戻す。
料理って、エネルギー交換なのかもしれない。ふと、そう思う。

食材や、食材が取れた土地からのエネルギーを受け取りながら、自分のエネルギーも込めて、心を込めて調理して、食べてくれる人に差し出してゆく。栄養だけではなく、日々を越えてゆくために必要な勇気や元気を、私たちはたしかに毎日のごはんから、受け取っている。

食べることは、生きること。そこに関わっていきたい。
そう私が強く思ったのは、看護学生時代、とあるホスピスで実習をしていた時のことだった。最期の時を迎えようとしている人たちが集う、静けさの漂う場所の中で、あたたかな湯気が立ち上り、忙しく立ち働く人たちのいる食堂は、いつも光を放っているように見えた。

学生時代に東南アジアやアフリカを旅して、どんな時代になってもどこに行っても、人の暮らしに寄り添う仕事をしたい、と、思うようになって。看護師の資格を取るために、2回目の大学まで行ったけれど。そのホスピスのあたたかな食堂で。私は気が付いてしまったのだ。
自分の目指す「暮らしに寄り添うケア」は、食卓にこそ、あることに。

作り手の自分も、食べた人も元気になるようなごはんを作りたい。
ごはんを真ん中に、人と人、人と土地、人と未来、いろいろなものとの縁を結んで、世界をあっためて元気にしたい。

そんな想いがひょっこりと芽生えて後、ある時訪れたオーガニックカフェの本棚で、一冊の絵本に出会った。
『シェ・パニースのキッチン』
オーガニックの母と言われる、アリス・ウォータースが1971年にカルフォルニア州バークレーで開いたオーガニックレストランの舞台裏をアリスの娘ファニーの目線で描いた絵本だ。
シェ・パニースは「地産地消」「ファーマーズマーケット」など、今では多くの場所で根付いたスタイルの発祥の地とも言われるレストランでもある。

人と人のつながり。大地と人のつながり。
食べ物の持つ力。食べることと世界の関わり。
自分では言葉にできていなかった想いが、もうそこにはしっかりと刻まれていた。

そうそう、求めていたのはこれだったんだ。そんな想いで、『シェ・パニースのキッチン』を皮切りに、アリスの本を読みこんでいった。食べることが、人の暮らしや世界にどのように影響しているかということにいち早く気づき、「食べることは、生きること」という信念のもと、世界中で「おいしい革命」を巻き起こしてきたアリスに、いつか必ず会いたい、そう思った。

会いたいと思ったあの日から、20年の時を経た2023年10月17日。
その人が目の前で笑っていた。

昨年の秋に出版された、最新刊『スローフード宣言――食べることは生きること』の刊行を記念した来日ツアーに併せて開催された、アリス・ウォータースさんのトークイベントに参加することができたのだ。

トークイベントの前半は、『シェ・パニース』で働いたこともある料理人で、食にまつわる様々な活動を続ける野村友里さん、今回の本の翻訳者でもあり、アリスさんのエディブル・スクールヤード(食育菜園)の活動を日本で広げてきた小野寺愛さん、アリスさんのファンを公言するモデレーターの入山章栄さんのお三方がスピーカーとして登壇。
アリスさんとの関わりのストーリーや、スライドとともに紹介された、来日ツアーで巡った場所でのエピソードの数々で会場がすっかり温まったところで、アリスさんが登場した。
そこにいるだけで、出会った人を、まるで美味しいものを食べた後のような満ち足りた気持ちにさせてしまう。そんな雰囲気をまとっている。


「気候変動も、健康問題も解決することのできる、たった一つの『おいしい解決法』。それは、学校と食で世界を変えること。食卓を囲むことで変化を起こしていくことができる、そう思います」

子どもや学校、というキーワードがアリスさんの話の中にたびたび登場するのは、アリスさんのライフワーク「エディブル・スクールヤード」と深くかかわっているからだ。

「エディブル・スクールヤード(食育菜園)」は、学校の校庭で生徒が作物をともに育て、共に調理をしていのちのつながりを学ぶという取り組みだ。バークレーにある1校の公立中学で始まったその取り組みは、二十数年の時を経て、世界中に広がり、6000か所で実践されている。世界中に広がるその実践拠点を記した地図を、アリスさんは嬉しそうに広げて見せてくれた。

その地図の向こうに、農に関わるたくさんの人達が手をつないでいる風景が見えた気がした。
すべての食事が、私たちを根っこから地球の生命につなぎ、食べること、その日々の判断と選択が、世界に大きく影響しているのだ、とアリスさんは言う。

嬉しい時も、悲しい時も、私たちは毎日ごはんを食べて、生きている。生かされている。
そのごはんを、いつもより丁寧に作ってみる。
顔の見える、地域の生産者さんから購入してみる。
たいせつな人達とともに、食卓を囲んでみる。
そんな一つひとつの小さな積み重ねと、つながりを紡いでいくことが、少しずつ世界を平和でしあわせな方向に向けていくのなら。
自分にも何かできそうな気がして、勇気が湧いてくる。

アリスさんは最後に、フランスの哲学者ブリア・サヴァランの言葉をひいて、こう結んだ。

「国の運命は、その国の国民が何を食べるかで決まる」

この国のあたたかな未来を守るカギは、食卓の上にある。
だからこそ、私は今日も家の中に残された最後の野生、台所を守り続ける。
アリスさんから受け取ったバトンを胸に、「おいしい革命」の革命家の一員として。

文/水野 佳

日本の食の未来、子どもたちの未来に新しい種が蒔かれたアリスさんの日本での旅の様子は、映画化が予定されており、現在クラウドファンディングが実施されている(2023年10月30日まで)

『スローフード宣言――食べることは生きること』

アリス・ウォータース著 小野寺愛 訳(海士の風)

【この記事もおすすめ】

writer