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1億インプレッション以上の何か【さとゆみの今日もコレカラ/第 192 回】

シャープさん(@SHARP_JP)と出会ったのはトークイベントの壇上だった。事前の顔合わせもなくいきなりの本番だったので、へええ、こんなに小さな声で話す人なんだ、と思った。

シャープさんと言えば、Twitter(X)のフォロワー84 万人、SHARP 公式アカウントの中の人。自社製品の宣伝に留まらない tweet でファンを増やしていく様は、企業コミュニケーションの新しいあり方だと注目を浴び、多くの企業アカウントに影響を与えた。

第 50 回佐治敬三賞 、2018 年東京コピーライターズクラブ新人賞、 2021ACC ブロンズなどなどを受賞。広告とは何か、コピーライティングとは何かを根本から問うこととなる受賞が話題になった。

しかし、そんな輝かしい実績の持ち主とは思えぬくらい、本人の声はいつも小さい。そして主語が小さい。

初めて会ったイベントで彼は、「書くこととは、本当は選べたはずの可能性を殺していくこと」と話した。その続きを聞きたくてまた会ったときには、こんなことを言っていた。

自分が書く立場になって思ったのは……書かない方が自分の可能性は担保できるということ。

書かなければ「僕は何でも書ける」って思えるし、「僕にはすばらしい考えがある」とか、「僕は良いことを言えるんだ」って確信があるんだけど、書いていくにつれてその可能性がパラリパラリと落ちていって、書き上がったときには書く前の全能感なんてひとかけらも残ってない。残っているのはガリガ

リの自分だけ。

シャープさんはいつも言葉に対して非常に真摯だ。言葉が「こわれもの」であることを知っていて、大切に大切に扱う。「ゆるツイート」などと言われているけれど、実際の言葉選びは針に糸通すような繊細さだ。

そしてその姿勢は、シャープさんがかつて宣伝広告に関わり、優れたクリエイターのコピーを社内事情でこなごなにしてきた後悔と地続きになっている。

ある宣伝広告の案があったとして、最終的に世に出るまでに 20 個とか 30個のハンコを社内でもらわないといけないんです。ハンコ集めをしている過程で幾度もダメ出しが出て、直して直して……をくり返していました。

ものすごいプロの人がものすごく身を削って出した言葉をザクザク削り取るような仕事をしていたんです。そういうことを何年も続けているうちに、それは僕にとって耐え難いものになっていきました。

Twitter でフォロワーの人たちと話すときの優しい顔とはまったく違って、組織の論理でねじ伏せられる言葉に対して語るシャープさんは、こちらも一緒に斬られるのではないかと思うほどに手厳しい。

「我が社は」ではなく「私は」の主語を取り戻すために。

ハンコのいらない発言をするために。

小さな声で語れるために。

彼は幾度の修羅場をくぐってきたのだろうと感じる。

そんなシャープさんが、昨年、初の書籍、『スマホ片手に、しんどい夜に。』を発表した。CORECOLOR でインタビューをしたとき、彼は「本でしかできないことがある」と言っていた。Twitter のインプレッションが毎月1億を越える人が、そう言うのだ。

そして、マンガや小説のように、長い物語にしかできないメッセージの伝え方があると言った。それを彼は「迂回」と表現した。それからずっと、「迂回」の表現について考えている。

そんなシャープさんと、5 月 14 日火曜日の夜、トークイベントをする。また、いろんな話の続きをしたいと思っている。

実は、『本を出したい』を上梓したとき、シャープさんからこんな感想をもらっていた。

まず、あとがきから読まなくてよかったまじで助かった、と思いました。ふだんあとがきから読むことも多い(そういう読み方を 4 章で言及されてました

よね)のですが、あそこまで言語の本質というか理想を謳ったあとがきで殴られてしまうと、本を出したいと一瞬でも思った自分を恥じてしまって、冒頭に戻れないところでした。

思い返せば予感はあったんです。chapter4くらいから「なんか不穏だな」と感じつつ、5章6章と人間の奥の方をザクザク刺す言及が散りばめられて、私はほんとに「恐ろしい本やで」と震えながら読みました。結局、自分の中の底の話なんですよね。本を書くって。

ただし、本を「出す」ことには社会性が必要なんだということが随所に語られていました。企画の立て方、作り方、売り方、そこに(通常の人生ではありえないほど親密な)出版社の人たちやライターさんがいるわけで、その伴走者の存在が鍵なんだ、ということ。そしてそこには知恵と技術があること。

で、ここの点は「もっとはやく読みたかった」と、本を出した私は悔やみました。ですからイベントでは、具体的な反省点を私が述べるというのはできそうです。もちろん失敗したとは思っていないのですが、そうかそうすればよかったのかという発見はいろいろあったので。「本を出した人が本を出したいを読んだら」の巻です。

やっぱりさとゆみさんの本は怖い。書く仕事がしたいの時も思いましたが、教えを乞う軽快さに油断してたら、人間の芯を取り出してごろりと眼前に放り出してくるので、ほんとうに油断ならない。おそろしい本です。

そうか、おそろしい本か……。書いてよかった。

・自分の底を「書く」ことの恐ろしさについて。

・本を「書く」ことと「出す」ことの間について。

・web メディアや SNS の限界(と可能性?)、ひるがえって書籍の限界と可能性について。

そして個人的には、前回シャープさんとの別れ際に宿題にした

・「繊細であること」とは何か。「人を傷つけない表現」とは何か

についても、聞いてみたいな、私も考えてみたいなと思っています。

【この記事をおすすめ】

――「世の中、しんどいよね」と表現していない発信者だからといって、鈍感なわけではないと私は思うんですよね。しんどい人たちを救う言葉は、ひょっとしたら共感だけではないかもしれない。

シャープさん:あああ、それは、たしかにそうだ。「しんどいよね」と寄り添ってくれる存在も大事だけれど、ずっと「しんどいよね」だけだと、這い上がれないかもしれない。

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