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偉大な料理家、リュウジさんについて『虚無レシピ』を片手に語らせてほしい。

料理関連の仕事をしていると、よく「好きな料理家さんは誰か?」という話になる。
その日も撮影現場で、撮り終わった料理をお昼ごはんとして食べながら、恋バナの如く誰がどの料理家さんが好きかを話していた。

北欧暮らしの道具店からそのまま出てきたようなスタイリストさんや500円の古着をカッコよく着こなすカメラマンさんが、有元葉子さんやワタナベマキさんなどいろんな料理家さんの名前を挙げて、その中でも特に自分がおすすめしている本のタイトルを言う。「今度貸してー」とか「私も持ってる」なんて言って、盛り上がる。

そんな中私が「最近買ったリュウジさんの本、すっごく面白かったんですよ!」と発言したところ「リュウジ~?」と一斉に言われた。みんな大人同士なのでハッキリとは言わないけれど「なんでリュウジ?」という空気が漂う。

リュウジさんといえば、簡単でおいしい爆速レシピが人気の料理研究家。いわゆる「ていねいな暮らし」の系譜ではないので、食洗器で洗えない作家ものの器を日常づかいするような人たちにウケないのは、なんとなく分かる。私も『虚無レシピ』を手にするまでは、リュウジさんに対して「YouTubeで料理をしながらお酒を飲んでいる人」「味の素をよく使う人(そして炎上しがちな人)」というやんちゃなイメージを持っていた。「リュウジ~?」と反応した人たちも、きっと私と同じ印象だったのだと思う。

でもリュウジさんの『虚無レシピ』を読んで、印象がひっくり返った。リュウジさんは、めちゃくちゃ偉大な料理家だ!

『虚無レシピ』のタイトルには、メインの具となる材料が虚無でも、疲れ果てて心が虚無でも、給料日前でお財布が虚無でも作れるレシピ、という意味が込められている。虚無ボナーラ、酒消滅ちくわ、貧乏人のプルコギなど、料理名までも「虚無」を徹底して大切にする姿勢を感じる。

また、リュウジさんによると「具は甘えなんで」とのことで、紹介されているレシピは味付けのみのパスタやそうめん、丼ものなどが大半。料理本によくある、彩りを添えるための大葉やパセリ、プチトマト、ごま、刻みのりなども、ほぼない。全体的に茶色い料理ばかりなので、時折ライスにかかっている乾燥パセリのグリーンを見つけると、四つ葉のクローバーに出会ったような気持ちになる。

そんなレシピの中から、私がいちばんはじめに作ったのは「無限海苔塩レタス」。初っ端から全く具のない虚無料理を作る勇気がなく、リュウジさん御用達の味の素も常備していないという消極的な理由で選んだ。出来上がった無限海苔塩レタスを食卓に並べたところ、夫は「焼肉屋さんで出てくるやつ!」と絶賛、普段レタスは口にしない子供もおいしそうに食べていた。我が家のレギュラーメニュー入り、決定。

ただこのレシピ、使っている調味料がめちゃくちゃ多い。指定の調味料8種類を混ぜながら「リュウジさん、虚無じゃないんですか……?」と恨めしい気持ちになった。虚無を名乗るには手間がかかりすぎる。一体全体、どういうことなのか。

そこで思ったのが、リュウジさんはこの本を通して料理の味付けの“ベース”を伝えたいのではないだろうか、ということ。実際に10品ほど作ってみて、具なしのレシピは肉や魚で旨味を足すことができないので、味付けのバランスがとても難しいことに気付いた。それがレシピに沿って実践していくと、それぞれの料理の味付けの肝が自然と理解できるようになってくるのだ。

たとえば8章で紹介されている「鍋&スープ」が、それをよく表していると思う。だって正直なところ、仕事や育児で疲れ果てた虚無状態で料理を作るなら、調味料を混ぜるより鍋つゆの素を買った方が断然早い。でも、虚無という看板を引っ提げて料理に対するハードルをこれでもかと下げて下げて、これまで料理に毛ほども興味がなかった人に「これならやれそうw(なんせリュウジのレシピだし)」と思わせたらこっちのもん。調味料を使いこなしていくうちに、虚無では少しずつ物足りなくなってゆき、虚無をベースにしながら具を足したり味変したり、発展料理に挑戦したくなる。それを見越しているのか、ほとんどのレシピには「+αアレンジ」が紹介されているし、それに対して前書きで「俺だったらこれを入れるけど、正解はないので好きにしろ」と述べている。投げやりに見えて、料理上達への道筋を描いている。

さらに、章ごとに差し込まれるコラムで、計量の大切さを伝えたり、「野菜も食え」と諭してみたり、手間ひまかけることが正解なのか問うてみたりと、料理家としての想いも語っている。語り口こそリュウジスタイルだが、至極まっとうだ。

これは時短レシピの本でもズボラ料理の本でもなく、料理をあまりしない人が味付けを習得して、日常的に料理ができるようになるための本。「今日は天保山でハイキングですよ~」と見せかけて、実は一合目から富士山に登ってた! みたいな趣がある。きっと料理人口を増やす本になるだろう。

次の撮影現場には生まれてはじめて買った味の素を持って行って、懲りずに「リュウジさんってすごいんです!」と言おうと思う。

文/炭田 友望

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