
振り返ればあの場所で【さとゆみの今日もコレカラ/第 339 回】
今年3度め、通算10回目の徳島県神山町にいる。ここにくるたびに泊まるWEEK神山の窓は床から天井まで高い。外が少しずつ明るくなってきて、5時すぎには目が覚めた。細く綺麗な雨が降っている。
地方創生の雄、いまは起業家育成を目的とした神山まるごと高専の存在でも知られる神山町。昨日までは、星野リゾートの星野さん、キャンプファイヤーの家入さん、探求学舎のやっちゃんこと宝附さんが授業にいらしていたそうだ。ちなみに高専の校歌は、坂本龍一さんの遺作でもある。
この町と縁ができたのは、さとなおラボの読書会で知りあった、作ちゃん(さくちゃん)が移住したから。作ちゃんは、出会った当時は青山ブックセンターでイベントを企画運営する人だった。さとなおゼミ、博報堂の嶋さんのゼミなど、人気講座を続々立ち上げた人だ。
その作ちゃんが、青山ブックセンターを辞めて、徳島の山奥の町にいくという。そんなに魅力的なのか! と、さとなおラボの読書会のメンバー15人くらいで遊びにいった。それが、2017年。みんなでコロポックルの本を読み、神山の歴史について講義を受け、温泉に入り、滝を見に山を登り、町の人たちと飲んで飲んで飲んで、神山を好きになった。
何度目かの訪問のとき、神山のフレンチレストラン・オニヴァで、その数ヶ月後にローンチする朝日新聞telling,の編集者、伊藤あかりさんに出会った。
伊藤さんは徳島赴任時代に、神山町の記事を書き続けていた人だった。久しぶりに神山にきたという彼女と仲良くなり、その後、編集部に遊びにきませんかと聞かれてtelling,での書評コラムの仕事がスタートした。
実はこのtelling,での書評コラムは、ある企画のバーターで始まった仕事だった。何か書きたいことはないかと聞かれ、「編集者軸で本を読む」という企画を提案したのだけれど、「じゃあ、その企画で月1本書いていいので、そのかわりに書評コラムを月3本書いてくれませんか?」と当時の編集長に言われたのだった。私にとって、はじめてのコラムの仕事だった。
編集者さんたちへのインタビュー記事は私の力不足でさっぱり読まれなかったので、あっさり打ち切りになった。が、コラムは8年たった今も続いている。先日書いた回で、連載178回目だった。
その後も、神山に通い続けた。
『書く仕事がしたい』の3割くらいと『本を出したい』の「はじめに」は、WEEKで書いた。静かに考え事をするのにとても適した場所なのだ。この2冊は青山ブックセンターさんで出版記念イベントをさせてもらい、作ちゃんの後輩の方々にとてもお世話になった。同じ青山ブックセンターさんでの『ママはキミと一緒にオトナになる』のトークイベントでは、伊藤あかりさんと話をさせてもらった。
そういえば、telling,で打ち切られた企画は、虎視眈々と機会を探していたがやっとリベンジできた。それが、CORECOLORの「編集者の時代」シリーズである。初回を伊藤あかりさんでスタートさせてもらったのも、何かのご縁だなと感じる。
さとゆみゼミメンバーと執筆合宿もした。さとなおラボの仲間と一緒にWEEKを貸し切らせてもらって、徳島のいろんな書き手の方々と交流した。ラボのメンバーには、いま、神山高専のプロボノを務めている人もいる。この春には、1泊2日で桜も見にきた。
神山にはいろんな人がいる。
世界のオーガニックレストランの祖と言われるシェ・パニーズで長年シェフを勤めたジェローモさんもその一人。そのジェローモさんと並びでWEEK神山の母屋の壁にサインさせてもらったことを自慢していたら、東京にもジェローモさんのお店があるよと、ゼミ仲間のしゅうしゅうさんに誘ってもらった。
「今度ジェローモさんのお店に行くんです」とWEEK神山の支配人、神先さんに伝えたら、そのお店のひとつ下の店もすごく面白いから寄ってくださいと言われた。そこでお会いしたのが日本仕事百科のナカムラケンタさんだった。今月から私は、ナカムラさんが主宰する「文章で生きるゼミ」に生徒として通う。自分よりも若いトップランナーの方達から、いろんなことを学びたいと思った。
旅先で出会う人との縁はなぜか、ゆるやかにつながり、人生の節目を作っていく。東京にいるときよりも心が開いているからだろうか。振り返ると、あの場所が始まりだったなと気づく。
そのために旅をしているわけではないけれど、出会いが出会いを数珠つなぎで連れてきていまここにいると感じることは多い。
多分、この先もいろいろつながっていく。
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【この記事をおすすめ】
『telling,』創刊編集長だった女性の先輩に「ここまで赤入れすると原型が無くなってしまう。もう少しライターさんの気持ちに立って」と注意されたこともあります。


