
僕の一番嫌いな言葉【さとゆみの今日もコレカラ/第496回】
20代の頃に読んだ小説の中にこんな一説があった。
「一番下品な格言って知ってる?」
「働かざるもの食うべからず、ですね?」
「そうだ。いやらしい、卑屈な言葉だよね……。僕の一番嫌いな言葉だ。もともとは、もっと高尚な意味だったんだよ」
「え? どんな?」
「一日なさざれば、一日食らわず」
「それ、同じじゃありませんか?」
「違うね。これも集合論だ。ド・モルガンの法則かな」
『笑わない数学者』/森博嗣 より
当時は超ブラック企業に勤めていて、3日に1回くらいしか家に帰っていなかった。だけど脳内で、「これが食べるだけのためなら全然やってけないけれど、こんなに面白いんだから仕方ないよなあ。働いちゃうよなあ」と思っていたので、この文章を読んで「今後の私の人生にとって、とても大事なことが書かれている気がする」と直感していた。
前者の「働かざる者、食うべからず」とは「食べる資格があるのは働いた人」となる。
後者の「一日作(な)さざれば一日食らわず」とは「食べたければ(食べたいときは)働けばいい」となる。
たしかに、全然違う。
前者を嫌い、後者をよしとした小説の登場人物。
20代の頃は、この2つの言葉の違いを頭でしかわかっていなかったけれど、今はこれが体全部でよくわかる。
たとえば、アップルを辞めて神山町でフレンチレストランオニヴァを経営していた郁子さんは、この5、6年は農業やフィンランドサウナを自分で建てることにどハマりしている。昨年会った時は、「農機具が買いたいと思ったときだけ(その時は、ユンボが欲しいと言っていた)、里に降りてきて店(オニヴァ)を開いて稼いでいる」と言っていた。
たとえば、私は、CORECOLORでみんなとわちゃわちゃ楽しく文章について話したいし(つまり推し活したいので)、自分が書きたい文章を書きたいので(つまり遊びたいので)、そのために必要なお金が減ってきたら、なるべく楽しく稼げる仕事で外貨(私にとっては日本円)を稼げる何かをしている。
なるべく長く遊んでいたいし、楽しむために生まれてきた、と思う。
働くために生まれてきたのではなくて、楽しむために生まれてきて、楽しむために働くが必要なときは働けばよい。
その「働く」もなるべく楽しいことだったら、それがいいな。
その「働く」がほとんど「遊ぶ」だったら、もっと最高。
「楽しく遊んで生きる」のって、最高のクリエイティブだと思っている。
と話したら、おとといはブラボーと言われ、昨日は変人と言われました。
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