
運のいい人を採用する?【さとゆみの今日もコレカラ/第513回】
先日、大西康之さんと藤原和博さんの対談記事(「運のいいヤツを採れ」リクルートを8兆円企業に変えた採用の鉄則と圧倒的当事者意識)がレコメンドであがってきて、それが面白かった。
藤原さんは、いわゆるリクルート事件のあと、経営陣の退陣を迫り、リクルートの立て直しをになった人と言われる。その後は、東京都で初の民間出身中学校校長になり、アクティブラーニングを取り入れた教育で話題になった方だ。
その藤原さんによると、「運の良い人と働く」が、リクルートの採用部門の暗黙知になっていたという。面接の時も、運のいい人を見極めて選ぶのだとか。
大西さんが、運の良し悪しはどう判断するのかと聞くと、藤原さんはこう言った。
面接でひたすら過去の失敗を聞くんです。大学から高校、中学、小学校まで遡って徹底的に。
人間って、意外と過去については噓がつけない。で、小学校の時の失敗談を面白おかしく話せる奴って、運がいいんです。だって、その失敗を受容して、乗り越えているから話せるわけで、トラウマになっていたら話せません。
乗り越えられるやつは運のいいやつだし、それを面白おかしく話せるのはコミュニケーション能力があるからですよね。
わりとマッチョな考え方かもと思う。面接されるほうとしてもハードだと思う。
けれども、なるほどとも思う。
「笑って話せる=失敗を受容して乗り越えられている」までははっきりと理解できる。
「乗り越えられる=運がいい」には、ややロジックにジャンプがある気がする。
どちらかと「自分を運がいいと認識している人=どんな失敗も乗り越えられている人(失敗を糧にできるから運がいいと考えられる)」という因果関係のような気がするのだけれど、どうだろう。
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先日、企業の偉い人と、「失敗はしたほうがいいのか、しないほうがいいのか」について話をした。
よく「失敗を怖がるな」というけれど、企業(や個人)にとって失敗は明らかな傷であり損失でもある。それでもなお、失敗経験はあったほうがいいのかどうか。
その話をずっと考えていたので、この藤原さんの話が気になった。
個人的な話をすると、失敗はなるべくしたくない。クライアントにも迷惑はかけたくない。だけど、それでも なお失敗したときは「失敗しただけ」で終わりたくない。いつか「失敗してよかった」と言えるようにしたいと思う。それが、藤原さんの言う「運のいいヤツ」なんだろうか。どうだろう。
「今日もコレカラ」は、毎朝7時に更新して、24時間で消える文章です。今日もコレカラ、良い一日を。
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