
病むことと病まないことの差、1ミリくらいかもしれないこの世の中で【さとゆみの今日もコレカラ/第543回】
新卒2年目のとき。メンタルで1ヶ月休職したことがある。いや、そのときは、メンタルだとは思っていなかった。
物理的に胸が締め付けられるような痛みが走り、それが何日も続いたので、何かの病気だと思って片っ端からの検査を受けた。骨、肺、胃、心臓、食道、脳……と毎日検査を繰り返したが何も見つからず、しまいには「心療内科に行ってください」と言われた。たらい回しの検査に疲れた私は「もう、いいです」と、病院に行くのをやめた。
メンタルヘルスなんて言葉がまだなかった時代だ。「24時間戦えますか?」を聴いて育った世代である。自分が心を病むなんて、想像もしなかった。
よく考えたら、円形脱毛症が7ヶ所くらいあったし、ずっとケータイが鳴っている幻聴が聞こていたのだから、ちゃんと受診していたら治療の対象だったかもしれない。
「とりあえず1ヶ月は休んで」と人事に言われていたので、暇になった私は、毎日パチンコに通った。検査のある日は終わってすぐに。ない日は10時の開店から並び、当時付き合っていた彼氏の仕事が終わるまでパチンコ屋にいた。メインは「大工の源さん」。ときどき「海物語」。ビギナーズラックだったのか、1ヶ月の収支は23万円プラスだった。3日に1回は、景品をタバコのカートンにしていた。この頃は、1日3箱吸っていた。
3週間くらい経ったとき、胸の痛みも幻聴も消えていることに気づいた。4週間経ったところで、じゃあ、ということで復職した。
しかし、復職して1年も経たないうちに、私は仕事を辞めた。辛かったからではない。当時付き合っていた彼と、職場結婚したからだ。
「同じ会社で働きたくない」と言われ、私も、やっぱり書く仕事がしたいと思ってフリーランスになった。送別会をしてもらった次の日、全部のハゲ部分からじょりっと毛が生えてきた。
今になって、思う。
あの時。私は、そのまま働けない自分になっても全然おかしくなかったのだ。復職できたのも、その後、転職して25年も楽しくフリーランスができているのは、たまたまだったのだ、と。
✳︎
『弱さ考』という本を読んだ。
著者は元NewsPicksパブリッシングの創刊編集長の井上慎平さん。正式タイトルは『強いビジネスパーソンを目指して鬱になった僕の弱さ考』だ。
井上さんのことは、もともと存じ上げていた。何かの飲み会で一緒になったことがあり、書籍の中に登場する「妻」さんと、お仕事をさせていただく機会もあった。共通の友人が多いので、出版社の廊下でお会いしたら、「あの本面白かったです」とご挨拶をするくらいの方だった。
その井上さんが体調を崩していると知ったのは、本人のSNSの投稿だった。うつ病を発症して、休職と復職を繰り返しているとのことだった。
ヒットメーカーとして知られる人だったから、驚いた。その一方で、きっとものすごい仕事量だったのだろうなとも思った。
本を読んでいて、すーっと寒くなる感じがあった。
ああ、私が井上さんでも全然おかしくなかった、と思った。
たとえば、毎日パチンコに通ってぼーっとしていたこと。
たとえば、そもそも心を病むという状態を知らなかったこと。
たとえば、結婚を機にその仕事を辞めたこと。
そんな偶然が重なったことが、多分、あの頃の私の回復を助けた。
そして、思う。
誰でも病む可能性があるのだ。というか、病まないほうがおかしいくらいの世の中になっているのだ。
本の中に印象的なフレーズがあって、それは「ダウナー系うつ」と「アッパー系うつ」があるということ。
『弱さ考』は、まず元気な人に読んでほしい。
それから、人を指導する立場の人に読んでほしい。
ひょっとしたら、今、疲れているかもしれないという人には絶対読んでほしい。
休んでいる自分に罪悪感を持つ人に読んでほしい。
この本は闘病記ではない。こんな世の中で、働くこと、生きることと、どう付き合っていくのか。社会と自分とどう付き合っていくのか。それが書かれている。
この本はビジネス書でもない。いや、ビジネス書だけれど、武器ではなく防具である。自分を守るための防具であり、武器を振り回して誰かを傷つけないための本だ。
かつて井上さんの側にいたかもしれない私は、今、井上さんを追い込む側の人間になっているかもしれない。そう気付かされる本だ。
背筋が寒くなったもうひとつの理由は、これによる。
誰かに「読んでほしい」と思うことは、だいぶ僭越な行為だと思う。だけど、心の底からいろんな人に読んでほしい。そして、誰の心のなかにもある、自分の心のなかにもある「弱さ」を、一緒に守りあえるといいなあ、と思う。
【この記事をおすすめ】
精神科病棟に入院している人のお見舞いに行ったことがある。


