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5年、10年、追えるテーマ【今日もコレカラ/第638回】

昔から、「決まる」ことが憂鬱でならなかった。

大学受験も、就職活動も、決まってしまったらもう、それ以上の選択肢はない。
大学2つに通うわけにいかないし、会社を2社、3社掛け持つわけにいかない(いまならできるのかも)。
だから、合格したときも、内定をもらったときも、もちろん嬉しい気持ちが大半だが、「ああ、これでもう、他の選択肢はなくなった」と感じてブルーになった。
そういえば、マリッジブルーも、そういうやつだよね。

で、ライターに転向して何がよかったかというと、この「決まっている」範囲が少ないこと。
マジで、3ヶ月先、6ヶ月先の自分が何の仕事をしているか、想像がつかない。
いやもちろん、すでに決まっている予定もある。講演会などは、半年前にはフィックスする。
でも、スケジュール帳の多くは白紙だ。
来年の今頃、私はどこにでもいける。私は何者にでもなれている。そう思う。
この感じが、私にはとてもあっていた。

ただ、この生き方には弱点があると思っている。
5年、10年かけて追うテーマを考えにくいことだ。
人生を賭して何かを追いかけるといった覚悟が、私には足りない。
「これについてもうちょっと知りたいな」くらいのテーマはあるのだけれど、そこに何年もかけていいだろうかと考えると、「ま、いつか決めればいいか」と先送りにしてしまう。

今日アップしたCORECOLORのインタビュー記事は、ある姉弟の姿を22年間撮り続けた映画監督の物語だ。戦後最大の冤罪事件と言われる「袴田事件」。その事件を2002年から追い続けた笠井監督。
22年!!!
なぜそれほど長い時間、追いかけられるのか。「これこそが、私が撮り続けるべきテーマだ」と気づくには、何が必要なのか。そしてどう腹を「決める」のか。

インタビューは、ライター仲間のじんちゃんこと神宮寺さんがしてくれているのだけれど、原稿のなかに1ヶ所だけ、私が聞いた質問がある。

「覚悟を持って取り組みたいテーマに出会ったときは、すぐにわかるものなのでしょうか」

これはたまたまあとから知ったのだけれど、笠井監督と私は同じ大学を同じ年に卒業し、同じテレビ業界に就職している。
それから四半世紀経って、監督は映画監督になり、私はライターになった。
そして、監督は監督になっただけではなく、ノンフィクション作家としても小学館ノンフィクション大賞を受賞されている。

長く骨太な取材を積み上げる。
ほかの誰にも語らない言葉を、この人になら語っても良いと思われる。
そのためには、どこかで覚悟を持って「決める」「絞る」必要がある。

とても考えさせられる時間だった。

「覚悟を持って取り組みたいテーマに出会ったときは、すぐにわかるものなのでしょうか」

その答えは、ぜひインタビューを読んでいただけたら嬉しいです。


取材する人、すべてに読んでもらいたい、そして私自身も何度も読み返したい原稿になりました。

※「今日もコレカラ」は朝7時に更新です。バックナンバーが読めるようになりました。

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