
そっちの方がいい人生 again【今日もコレカラ/第843回】
最近、とても残念なことと、死ぬほど残念なことと、ちょっと残念なことがあったのだけれど、わりと数時間とか半日とかでけろりとしてた。
こういう時に頭に浮かぶ言葉は、師匠、さとなおさんの「そっちの方がいい人生」である。
娘の中学受験の朝、ボクは彼女にこう言って送り出した。
もし受かったら「そっちの方がいい人生」。もし落ちたら「そっちの方がいい人生」。
さとなおさんのnote「そっちの方がいい人生」より
残念なことがあって、左に行きたかったこの分岐点を、やむなく右に曲がった。
だけど、いつか「ああ、右でよかったなあ」と思う日が来ることが、いまからわかっている。
50年生きてきて、一度の例外もなかった。
だから、いま不本意ながら別の道を行くことになったとしても、「そっちの方がいい人生」に決まっている。決まっていることを知っている。
これは多分、歳を取ったからこそ、ストンと腑に落ちる感覚だと思う。
最近、自分で何かを選べる局面ですら「まあ、どっちでも結局同じだからなあ」と、思う。
これは、例外なく「こっちの方がいい人生」だったから、という理由だけではない。
この歳になるともう、「選択」によって変化する人生の幅が若い時ほど大きくないことを知っているからだろう。
たとえば、私の場合、今から子供を産むことはない。
30代の頃の選択ほど、大きな変化は訪れにくい。
かくて、わりとなんでも、一晩寝るとけろりとしてる、最近であることよ。
これが老化であるなら、進化だな。
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1年半前、新卒で入社して30数年間働いた東京の会社を退職した。


